・・・がその結果は、やっぱし壁や巌の中へ封じ込められようということになったのだ。…… Kへは気の毒である。けれども彼には何処と云って訪ねる処が無い。でやっぱし、十銭持つと、渋谷へ通った。 処が最近になって、彼はKの処からも、封じられること・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・何者とも知れぬ権威の命令で、自分は未来永劫この闇の中に封じ込められてしまったのだと思う。世界の尽きる時が来ても、一寸もこの闇の外に踏み出すことは出来ぬ。そしていつまで経っても、死ぬと云うことは許されない。浮世の花の香もせぬ常闇の国に永劫生き・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ ベルリンの冬はそれほど寒いとは思わなかったが暗くて物うくて、そうして不思議な重苦しい眠けが濃い霧のように全市を封じ込めているように思われた。それが無意識な軽微の慢性的郷愁と混合して一種特別な眠けとなって額をおさえつけるのであった。この・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・もしそうだとすると長い間封じ込められていた化け物どももこれから公然と大手をふって歩ける事になるのであるが、これもしかし私の疑心暗鬼的の解釈かもしれない。識者の啓蒙を待つばかりである。・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・これは豚の心で象の心持ちを推し量るようなものかもしれないが、もしこの推量が当たっていると仮定したら、大衆は自分たちのわがままで東郷さんのほんとうのえらさを封じ込めてしまったということになるかもしれない。 十 神保・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・草花鉢を飾ったり、夏は花を封じ込めた氷塊がいくつもすえられていて、天井には大きな扇風器が回っている。田舎から始めて来た人などに、ここで汁粉かアイス一杯でもふるまうと意外な満足を表せられる事がある。ここの食卓へ座をとって、周囲の人たち、特に婦・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・時には只一輪なでしこを封じ込めたのもあった。時には読みつかれるほど書いたのもあった。どれでも、どんなんでも皆私にはこの上なくうれしいたよりであった。 今年の秋の淋しさと云ったら――私はまるで病んで居る様に只淋しい気持が自分で可愛そうな様・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫