・・・寝室の外の廊下には、息のつまるような暗闇が、一面にあたりを封じていた。その中にただ一点、かすかな明りが見えるのは、戸の向うの電燈の光が、鍵穴を洩れるそれであった。 陳はほとんど破裂しそうな心臓の鼓動を抑えながら、ぴったり戸へ当てた耳に、・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・窓と云う窓はいつまで待っても、だらりと下った窓かけの後に家々の秘密を封じている。保吉はとうとう待ち遠しさに堪えかね、ランプの具合などを気にしていた父へ歎願するように話しかけた。「あの女の子はどうして出ないの?」「女の子? どこかに女・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ が、辞令も革鞄に封じました。受持の室の扉を開けるにも、鍵がなければなりません。 鍵は棄てたんです。 令嬢の袖の奥へ魂は納めました。 誓って私は革鞄を開けない。 御親類の方々、他に御婦人、紳士諸君、御随意に適当の御制裁、・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・他の手に封じられた、仔はどうして、自分で笊が抜けられよう? 親はどうして、自分で笊を開けられよう? その思はどうだろう。 私たちは、しみじみ、いとしく可愛くなったのである。 石も、折箱の蓋も撥飛ばして、笊を開けた。「御免よ。」「御免・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・いかんとなれば、狂せるお貞は爾来世の人に良人殺しの面を見られんを恥じて、長くこの暗室内に自らその身を封じたるものなればなり。渠は恐懼て日光を見ず、もし強いて戸を開きて光明その膚に一注せば、渠は立処に絶して万事休まむ。 光を厭うことかくの・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・それがもう一重、セメン樽に封じてあったと言えば、甚しいのは、小さな櫂が添って、箱船に乗せてあった、などとも申します。 何しろ、美い像だけは事実で。――俗間で、濫に扱うべきでないと、もっともな分別です。すぐに近間の山寺へ――浜方一同から預・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・虫歯封じに箸を供うる辻の坂の地蔵菩薩。時雨の如意輪観世音。笠守の神。日中も梟が鳴くという森の奥の虚空蔵堂。―― 清水の真空の高い丘に、鐘楼を営んだのは、寺号は別にあろう、皆梅鉢寺と覚えている。石段を攀じた境内の桜のもと、分けて鐘楼の礎の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・そして、こんどの土用丑には子供の虫封じのまじないをここでしてもらいまんねんというのであった。私はただ「亀さん」の亭主がまかり間違っても白いダブルの背広に赤いネクタイ、胸に青いハンカチ、そしてリーゼント型に髪をわけたような男でないことをしきり・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・文学を除いては、私にはもうすべての希望は封じられているが文学だけは辛うじて私の生きる希望をつないでいるのだ。目的といいかえてもよい。 織田作之助 「私の文学」
・・・ この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後にKひとりが残された彼の友人であった。で「小田は十銭持つと、渋谷へばかし行・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫