・・・第二にある出版書肆は今しがた受取った手紙の中に一冊五十銭の彼の著書の五百部の印税を封入してよこした。第三に――最も意外だったのはこの事件である。第三に下宿は晩飯の膳に塩焼の鮎を一尾つけた! 初夏の夕明りは軒先に垂れた葉桜の枝に漂っている・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・そうかと思うと一方には、代がわりした『毎日新聞』の翌々日に載る沼南署名の訣別の辞のゲラ刷を封入した自筆の手紙を友人に配っている。何人に配ったか知らぬが、僅に数回の面識しかない浅い交際の私の許へまで遣したのを見るとかなり多数の知人に配ったらし・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そうしてこれは実に苦笑ものであるが、私は井伏さんの作品から、その生活のあまりお楽でないように拝察せられたので、まことに少額の為替など封入した。そうして井伏さんから、れいの律儀な文面の御返事をいただき、有頂天になり、東京の大学へはいるとすぐに・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・コーヒー糖と称して角砂糖の内にひとつまみの粉末を封入したものが一般に愛用された時代であったが往々それはもう薬臭くかび臭い異様の物質に変質してしまっていた。 高等学校時代にも牛乳はふだん飲んでいたがコーヒーのようなぜいたく品は用いなかった・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・箱根の山へピクニックしたことも書いてあり、山の上に憩ありというゲーテの詩など感想にふくめて書かれているのだが、ここに封入しました、という十国峠の写真は入っていなかった。封筒の表を改めて見直したら、写真一葉領置と書きこんである。私は合図をして・・・ 宮本百合子 「写真」
はる子は或る知己から、一人の女のひとを紹介された。小畑千鶴子と云った。千鶴子が訪ねて来た時はる子は家にいなかった。それなり一年ばかりすぎた後、古びた紹介状が再び封入して千鶴子から会いたいという手紙が来た。はる子はすぐ承諾の・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 当時、又、どうしたわけだったのか祖母が父の留守中に母を離別させてしまおうとして、伯父をつついて書かしてやった手紙がロンドンから父の手紙の中に封入されて母の手許に渡ったようなこともあり、普通の留守を守るというより遙に複雑な関係が母をかこ・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫