・・・武術や膂力の尊崇された時代であります。で、八犬士や為朝は無論それら武徳の権化のようになって居ります。これらの点をなお多く精密に数えて、そして綜合して一考しまする時は、なるほど馬琴の書いたようなヒーローやヒロインは当時の実社会には居らぬに違い・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・武家の尊崇によって愛宕は最も盛大な時であったろうが、こういう訳で生れた政元は、生れぬさきより恐ろしいものと因縁があったのである。 政元は幼時からこの訳で愛宕を尊崇した。最も愛宕尊崇は一体の世の風であったろうが、自分の特別因縁で特別尊崇を・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・また錯覚からよびさまされて喜ぶ人はほとんどまれである。尊崇している偉人や大家がたちまちにして凡人以下になったりするのではだれでも不愉快である。大概の錯覚は永久にだいじにそっとしておくほうがいいかもしれない。ただ事がらが自然科学の事実に関する・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 然るにその国人のもっとも尊崇する徳教は何ものなるぞと尋ぬるに、支那人も聖人の書を読みて忠孝の教を重んじ、日本人もまた然り。ひとしく同一の徳教を奉じてその徳育を蒙る者が、人事の実際においてはまったく反対の事相を呈す。怪しむべきに非ずや。・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
緒言 芭蕉新たに俳句界を開きしよりここに二百年、その間出づるところの俳人少からず。あるいは芭蕉を祖述し、あるいは檀林を主張し、あるいは別に門戸を開く。しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるがごとく、檀林等流派を異・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・の主観的女権尊崇の栄光を讚していられる。 私が感想を刺戟されたのは、この文章で山川菊栄ともある婦人が、問題を個人的な自分を中心としての身辺観察の中にだけ畳みこんでみずから怪しまれない点であった。柳原子氏の玉の井ハイキング記に連関してその・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・トルストイは作家仲間と酒をのみ、ジプシーの歌をききながらも、ツルゲーネフがそれを疑わず、それによって苦しみもせず平然としているばかりか、或る点では尊崇さえしている資本主義ヨーロッパ文明そのものに、猛烈な懐疑をひき起された。その文明にある酷薄・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・そこで同じ性格の佐渡守が、『本佐録』において、熱烈な儒教の尊崇者として現われることになる。対象は変わって行くが、態度は同じなのである。天道の理、尭舜の道、五倫の教えは、ほとんど宗教的な情熱をもって説かれている。天道というのも、ここでは「天地・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
私がここに観察しようとするのは、「偶像破壊」の運動が破壊の目的物とした、「固定観念」の尊崇についてではない。文字通りに「偶像」を跪拝する心理についてである。しかしそれも、庶物崇拝の高い階段としての偶像崇拝全般にわたってではない。ただ、・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫