・・・ それ故西洋諸国の出版業者が、著者に対する尊敬と読者に対する愛敬とからして、やや高尚なる文学書類を多くパンフレツトで出版するのは、さもあるべき筈のことではないか。この仕方で出版された書物は、その特種なる国民的趣味を代表する表紙の一色によ・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・その人は、社会的に尊敬され、家庭的に幸福でありながら、他の人の一生を棒に振ることも出来た。彼には三百六十五日の生活がある! 彼には、三百六十五日の死がある。―― 今度は、三ヵ月は娑婆で暮したいな、と思うと、凡そ百日間は、彼には娑婆の風が・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 女子は我家に養育せらるゝ間こそ父母に孝行を尽す可きなれども、他家に縁付きては我実の父母よりも夫の父母たる舅姑の方を親愛し尊敬して専ら孝行す可し、仮初にも実父母を重んじて舅姑を軽んずる勿れ、一切万事舅姑の言うがまゝに従う可しと言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・芸術に対する尊敬心もある。この卑下、正直、芸術尊敬の三つのエレメントが抱和した結果はどうかと云うに、まあ、こんな事を考える様になったんだ――将来は知らず、当時の自分が文壇に立つなどは僭越至極、芸術を辱しむる所以である。正直の理想にも叶って居・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・それには冷かす心持もあるが、たしかに尊敬する意味もある。この男の物を書く態度はいかにも規則正しく、短い間を置いてはまた書く。その間には人指し指を器械的に脣の辺まで挙げてまた卸す。しかし目は始終紙を見詰めている。 この男がどんな人物だと云・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・誦するにも堪えぬ芭蕉の俳句を註釈して勿体つける俳人あれば、縁もゆかりもなき句を刻して芭蕉塚と称えこれを尊ぶ俗人もありて、芭蕉という名は徹頭徹尾尊敬の意味を表したる中に、咳唾珠を成し句々吟誦するに堪えながら、世人はこれを知らず、宗匠はこれを尊・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・海の王様が沢山の尊敬をお伝えして呉れと申されました。それから海の底のひとでがお慈悲をねがいました。又私どもから申しあげますがなまこももしできますならお許しを願いとう存じます。」 そして二人は銀笛をとりあげました。 東の空が黄金色にな・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・こういう親の扱いこそ、子供にとっていいつくせないよろこびであり、尊敬であります。子供が将来、独立人としての見識をもち、同時に、美しい寛大さと、威厳を失うことのない譲歩とを学ぶ、みなもとです。 日本が民主の国にならなければならない、その大・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・誰でも立派な侍として尊敬はする。しかしたやすく近づこうと試みるものがない。まれに物ずきに近づこうと試みるものがあっても、しばらくするうちに根気が続かなくなって遠ざかってしまう。まだ猪之助といって、前髪のあったとき、たびたび話をしかけたり、何・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで今日は、あなたを尊敬いたして、一頭曳にいたしますよ。貴夫人。あら。それは余計な御会釈でございますわ。やっぱり二頭曳を雇って来て戴きましょう。そういたすとわたくし今になってはどんな静かな、軟い二頭曳でも役に立たなくなっていると云うこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫