・・・殊に、文芸の必要なるべきは、少年期の間であって、すでに成人に達すれば、娯楽として文芸を求むるにすぎません。しからざれば、趣味としてにとゞまります。世間に出るに及んで、生活の規矩を政治、経済に求むるが、むしろ当然だからです。 さらば、何故・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ やがてかすかに病人の唇が動いたと思うと、乾いた目を見開いて、何か求むるもののように瞳を動かすのであった。「水を上げましょうか?」とお光が耳元で訊ねると、病人はわずかに頷く。 で、水を含ますと、半死の新造は皺涸れた細い声をして、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新聞記者になれるのだと喜んでいたのに、自転車であちこちの記者クラブへ原稿を取りに走るだけの芸だった。何のことはないまるで子供の使いで、社内でも、おい子供、原稿用紙だ、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ そしてまた、そうした八年間の実際の牢獄生活の中にも、彼はまだ生の光りを求むる心を失わずにいるかのようにも思える。そしてまた、彼はこのさきまだ何年くらい今の生活を続けなければならないのか――そのことは彼の手紙に書いてなかった。 四月・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・世間並からいうとその通りです、然しこの問は必ずしもその答を求むるが為めに発した問ではない。実にこの天地に於けるこの我ちょうものの如何にも不思議なることを痛感して自然に発したる心霊の叫である。この問その物が心霊の真面目なる声である。これを嘲る・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・とかく武蔵野を散歩するのは高い処高い処と撰びたくなるのはなんとかして広い眺望を求むるからで、それでその望みは容易に達せられない。見下ろすような眺望はけっしてできない。それは初めからあきらめたがいい。 もし君、何かの必要で道を尋ねたく思わ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・実に怒る者は知る可し、笑う者は測るべからず、である。求むる有るものは弱し、恐るるに足らず、求むる無き者は強し、之を如何ともする能わず、である。不可解は恐怖になり、恐怖は遁逃を思わしめるに至った。で、何も責め立てられるでも無く、強請されるでも・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・と砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき道はござらねど権力腕力は拙い極度・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・われはそを知らむことを求む、されど未だ見出し得ず。さらば、斯く闇黒の中に坐するは、吾事業なるか――」 ずっと旧いところの稿には、こんなことも書いてある。 豪爽な感想のする夏の雨が急に滝のように落ちて来た。屋根の上にも、庭の草木の上に・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・即ち知る、舜の事蹟は人事に關するものを他にして求む可らざることを。 禹に至つては刻苦勉勵、大洪水を治し禹域を定めたるもの、これ地に關する事蹟なり。禹の事業の特性は地に關する點にあり。 これらの點より推さばこの傳説作者は、天地人三才の・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
出典:青空文庫