・・・と男は潔く首を掉って、「お互いに小児の時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、よくよく縁がなかったんだろう! いや、こうなって見るとちと面目ねえ、亭主持ちとは知らずに小厭らしいことを聞か・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・義たり急進党なることこそその原因に候なれ、妻はご存じの田舎者にて当今の女学校に入学せしことなければ、育児学など申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしまでゆえ、無論小児を育てる上に不行き届きのこと多きに引・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・僕等は生れてこの天地の間に来る、無我無心の小児の時から種々な事に出遇う、毎日太陽を見る、毎夜星を仰ぐ、ここに於てかこの不可思議なる天地も一向不可思議でなくなる。生も死も、宇宙万般の現象も尋常茶番となって了う。哲学で候うの科学で御座るのと言っ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ そこには、兎が臓腑を出し、雪を血に紅く染めて小児のように横たわっていた。「俺だってうてるよ。どっか、もう一つ出て来ないかな。」 小村が負けぬ気を出した。「居るよ、二三匹も見えていたんだ。」 二人は、丘を登り、谷へ下り、・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・その面貌はまるで小児らしいところの無い、大人びきった寂びきったものであった。 お浪はこの自己を恃む心のみ強い言を聞いて、驚いて目を瞠って、「一人でって、どう一人でもって?」と問い返したが返辞が無かったので、すぐとまた、「じゃ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・唐の時に温庭という詩人、これがどうも道楽者で高慢で、品行が悪くて仕様がない人でしたが、釣にかけては小児同様、自分で以て釣竿を得ようと思って裴氏という人の林に這入り込んで良い竹を探した詩がありまする。一径互に紆直し、茅棘亦已に繁し、という句が・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・太宰は瞬間まったくの小児のような泣きべそを掻いたが、すぐ、どす黒い唇を引きしめて、傲然と頭をもたげた。私はふっと、太宰の顔を好きに思った。佐竹は眼をかるくつぶって眠ったふりをしていた。 雨は晩になってもやまなかった。私は馬場とふたり、本・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そんな言葉こそウルトラというものだ。小児病というものだ。一のプロレタリアアトへの貢献、それで沢山。その一が尊いのだ。その一だけの為に僕たちは頑張って生きていなければならないのだ。そうしてそれが立派にプラスの生活だ。死ぬなんて馬鹿だ。死ぬなん・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 無邪気な事は小児のようである。軽はずみの中にさえ、子供めいた、人の好げな処がある。物を遣れば喜ぶ。装飾品が大好きである。それはこの女には似合わしい事である。さてそんならその贈ものばかりで、人の自由になるかと云うと、そうではない。好きな・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・涙は小児でもあるように頬を流れる。自分の体がこの世の中になくなるということが痛切に悲しいのだ。かれの胸にはこれまで幾度も祖国を思うの念が燃えた。海上の甲板で、軍歌を歌った時には悲壮の念が全身に充ち渡った。敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のため・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫