・・・東京の文学者たちにさえ気づかなかった小品を、田舎の、それも本州北端の青森なんかの、中学一年生が見つけ出すなんて事は、まず無い、と井伏さんの創作集が五、六冊も出てからやっと、井伏鱒二という名前を発見したというような「人格者」たちは言うかもしれ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・という、わずか十三ページの小品について、私は、これから語ろうと思っているのです。 これは、いかにも不思議な作品であります。作者は、HERBERT EULENBERG. もちろん無学の私は、その作者を存じて居りません。巻末の解説にも、その・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その雑誌の広告が新聞に出て、その兵隊さんの名前も、立派な小説家の名前とならんでいるのを見たときは、私は、六年まえ、はじめて或る文芸雑誌に私の小品が発表された、そのときの二倍くらい、うれしかった。ありがたいと思った。早速、編輯者へ、千万遍のお・・・ 太宰治 「鴎」
・・・負傷前は五六時間睡眠平均、または時に徹夜で読書、著述、また会社で小品みたいなものは書いたりしましたが、これからはイヤです。太宰さん、ぼくは東京に帰って、文学青年の生活をしてみたいのです。会社員生活をしているから社会がみえたり、心境が広くなる・・・ 太宰治 「虚構の春」
十余年前に小泉八雲の小品集「心」を読んだことがある。その中で今日までいちばん深い印象の残っているのはこの書の付録として巻末に加えられた「三つの民謡」のうちの「小栗判官のバラード」であった。日本人の中の特殊な一群の民族によっ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・私はなんとはなしにチェホフの小品にある子猫と子供の話を思い浮かべて、あまりきびしくそれをとがめる気にもなれなかった。 子猫の目のあきかかるころになってから、時々棚の上からおろして畳の上をはい回らせた。そういう時は家内じゅうのものが寄り集・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ゴーゴルか誰かの小品で読んだ、パンの中から出た鼻の捨場所を捜してうろついて歩いている男の心持を想い出した。 あきらめて東京駅から鶴見行の切符を買った。この電車の乗客はわずかであったが、その中で一人かなりの老人で寝衣のようなものを着て風呂・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・道ばたにはところどころに赤く立ち枯れになった黍の畑が、暗い森を背景にして、さまざまの手ごろな小品を見せていた。しかしもう少しいい所をと思って歩いているうちに、とうとうぐるりと一回りして元の公園の入り口へ出てしまった。 入り口の向こう側に・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 芥川竜之介の小品に次のような例がある。 山道のトロッコにうっかり乗った子供が遠くまではこばれた後に車から降ろされただ一人取り残されて急に心細くなり、夢中になって家路をさしていっさんに駆け出す。泣きだしそうにはなるが一生懸命だから思・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それかと言ってルノアルふうの風景小品にもルノアルの甘みは出ていない。無気味さがある。少し色けを殺すとこの人の美しい素質が輝いて来ると思う。 ビッシエール。 この人の絵には落ち着いた渋みの奥にエロティックに近い甘さがある。ことしのは少し錆・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
出典:青空文庫