・・・あの低地には慥か小川があって戦争前に其水を飲だ筈。そう云えばソレ彼処に橋代に架した大きな砂岩石の板石も見える。多分是を渡るであろう。もう話声も聞えぬ。何国の語で話ていたか、薩張聴分られなかったが、耳さえ今は遠くなったか。己れやれ是が味方であ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 川柳の陰になった一間幅ぐらいの小川の辺に三、四人の少年が集まっている、豊吉はニヤニヤ笑って急いでそこに往った。 大川の支流のこの小川のここは昔からの少年の釣り場である。豊吉は柳の陰に腰掛けて久しぶりにその影を昔の流れに映した。小川・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・それから水の澄み渡った小川がこの防風林の右の方からうねり出て屋敷の前を流れる。無論この川で家鴨や鵞鳥がその紫の羽や真白な背を浮べてるんですよ。この川に三寸厚サの一枚板で橋が懸かっている。これに欄干を附けたものか附けないものかと色々工夫したが・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈んで、元気がなかった。それは、憲兵隊の営倉に入れられていた鮮人だった。「や、来た、来た。」 丘の病院から、看護卒が四五人、営・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それは、助役の傍に来て腰掛けている小川という村会議員が云ったのだ。「はあ。」と、源作は、小川に気がつくと答えた。小川は、自分が村で押しが利く地位にいるのを利用して、貧乏人や、自分の気に食わぬ者を困らして喜んでいる男であった。源作は、頼母・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・次には川越より小川にかかり、安戸に至るの路なり。これを川越通りと称え、比企より秩父に入るの路とす。中仙道熊谷より荒川に沿い寄居を経て矢那瀬に至るの路を中仙道通りと呼び、この路と川越通りを昔時は秩父へ入るの大路としたりと見ゆ。今は汽車の便あり・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・久し振で僕も出て来たものだから、電車に乗っても、君、さっぱり方角が解らない。小川町から九段へかけて――あの辺は恐しく変ったね。まあ東京の変ったのには驚く。実に驚く。八年ばかり金沢に居る間に、僕はもうすっかり田舎者に成っちゃった」「そうさ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ 二人の子供はお爺さんが造った釣竿を手に提げまして、大喜びで小川の方へ出掛けて行きました。小川の岸には胡桃の木の生えて居る場所がありました。兄弟は鰍の居そうな石の間を見立てまして、胡桃の木のかげに腰を掛けて釣りました。 半日ばかり、・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一羽の鳩が森のおくから飛んで来て、寝ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・けれども、此処で、周囲の自然は、スバーの言葉の足りなさを補い、彼女に代って物を云いました。小川の囁き、村の人達の声、船頭の歌や木々のさわめき、小鳥の囀り等は皆混り合い、彼女の心のときめきと一つのものになりました。其等の音は、スバーの落付かな・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫