・・・と滝に臨んだ中二階の小座敷、欄干に凭れながら判事は徒然に茶店の婆さんに話しかける。 十二社あたりへ客の寄るのは、夏も極暑の節一盛で、やがて初冬にもなれば、上の社の森の中で狐が鳴こうという場所柄の、さびれさ加減思うべしで、建廻した茶屋休息・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 背後の古襖が半ば開いて、奥にも一つ見える小座敷に、また五壇の雛がある。不思議や、蒔絵の車、雛たちも、それこそ寸分違わない古郷のそれに似た、と思わず伸上りながら、ふと心づくと、前の雛壇におわするのが、いずれも尋常の形でない。雛は両方さし・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ ところで座敷だが――その二度めだったか、厠のかえりに、わが座敷へ入ろうとして、三階の欄干から、ふと二階を覗くと、階子段の下に、開けた障子に、箒とはたきを立て掛けた、中の小座敷に炬燵があって、床の間が見通される。……床に行李と二つばかり・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・そのほか、小座敷でも広室でも、我家の暗をかくれしのぶ身体はまるで鼠のようで、心は貴方の光のまわりに蛾のようでした。ですが、苦労人の女中にも、わけ知の姉たちにも、気ぶりにも悟られた事はありません。身ぶり素ぶりに出さないのが、ほんとの我が身体で・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・省作は小座敷へはいって今日の新聞を見る。小説と雑報とはどうかこうか読めた。それから源氏物語を読んだが読めればこそ、一行も意義を解しては読めない。省作は本を持ったまま仰向きにふんぞり返って天井板を見る。天井板は見えなくておとよさんが見える。・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・その次の十畳の間の南隅に、二畳の小座敷がある。僕が居ない時は機織場で、僕が居る内は僕の読書室にしていた。手摺窓の障子を明けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮って北を掩うている。 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹にな・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・挨拶にも見えないから、風でもひいてるのかと思うていた岡村の親父は、其所の小座敷で人と碁を打って居る。予はまさかに碁を打ってる人に挨拶も出来ない。しかしどうしても其の前を通らねばならない。止むを得ず黙って通ったが、生れて覚えのない苦痛を感じた・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・のでもないと新道一面に気を廻し二日三日と音信の絶えてない折々は河岸の内儀へお頼みでござりますと月始めに魚一尾がそれとなく報酬の花鳥使まいらせ候の韻を蹈んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 池を隔てて池の間と名のついたこの小座敷の向かい側は、台所に続く物置きの板蔀の、その上がちょっとしゃれた中二階になっている。 あのころの田舎の初節句の祝宴はたいてい二日続いたもので、親類縁者はもちろん、平素はあまり往来せぬ遠縁のいと・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・数寄を凝した純江戸式の料理屋の小座敷には、活版屋の仕事場と同じように白い笠のついた電燈が天井からぶらさがっているばかりか遂には電気仕掛けの扇風器までが輸入された。要するに現代の生活においては凡ての固有純粋なるものは、東西の差別なく、互に噛み・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫