・・・そうしてその町の右側に、一軒の小さな八百屋があって、明く瓦斯の燃えた下に、大根、人参、漬け菜、葱、小蕪、慈姑、牛蒡、八つ頭、小松菜、独活、蓮根、里芋、林檎、蜜柑の類が堆く店に積み上げてある。その八百屋の前を通った時、お君さんの視線は何かの拍・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・むつかしやの隠居は小松菜の中から俎板のにおいをかぎ出してつけ物の皿を拒絶する。一びん百円の香水でもとにかく売れて行くのである。一方ではまた、嗅覚と性生活との関係を研究している学者もあるくらいである。 嗅覚につながる記憶ほど不思議なものは・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・農家らしい古家では今でも生垣をめぐらした平地に、小松菜や葱をつくっている。また方形の広い池を穿っているのは養魚を業としているものであろう。 突然、行手にこんもりした樹木と神社の屋根が見えた。その日深川の町からここに至るまで、散歩の途上に・・・ 永井荷風 「元八まん」
出典:青空文庫