・・・ 円形の池を大廻りに、翠の水面に小波立って、二房三房、ゆらゆらと藤の浪、倒に汀に映ると見たのが、次第に近くと三人の婦人であった。 やがて四阿の向うに来ると、二人さっと両方に分れて、同一さまに深く、お太鼓の帯の腰を扱帯も広く屈むる中を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・元来この小説は京都の日の出新聞から巌谷小波さんの処へ小説を書いてくれという註文が来てて、小波さんが書く間の繋として僕が書き送ったものである。例の五枚寸延びという大安売、四十回ばかり休みなしに書いたのである。 本人始めての活版だし、出世第・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・河童だい、あかんべい、とやった処が、でしゅ……覗いた瞳の美しさ、その麗さは、月宮殿の池ほどござり、睫が柳の小波に、岸を縫って、靡くでしゅが。――ただ一雫の露となって、逆に落ちて吸わりょうと、蕩然とすると、痛い、疼い、痛い、疼いッ。肩のつけも・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と忙しく張上げて念じながら、舳を輪なりに辷らして中流で逆に戻して、一息ぐいと入れると、小波を打乱す薄月に影あるものが近いて、やがて舷にすれすれになった。 飛下りて、胴の間に膝をついて、白髪天頭を左右に振ったが、突然水中へ手を入れると、朦・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・湖の小波が誘うように、雪なす足の指の、ぶるぶると震えるのが見えて、肩も袖も、その尾花に靡く。……手につまさぐるのは、真紅の茨の実で、その連る紅玉が、手首に珊瑚の珠数に見えた。「ほん、ほん。こなたは、これ。(や、爺と、姉さんと二人して、潟・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・その掛茶屋は、松と薄で取廻し、大根畠を小高く見せた周囲五町ばかりの大池の汀になっていて、緋鯉の影、真鯉の姿も小波の立つ中に美しく、こぼれ松葉の一筋二筋辷るように水面を吹かれて渡るのも風情であるから、判事は最初、杖をここに留めて憩ったのである・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
雛――女夫雛は言うもさらなり。桜雛、柳雛、花菜の雛、桃の花雛、白と緋と、紫の色の菫雛。鄙には、つくし、鼓草の雛。相合傘の春雨雛。小波軽く袖で漕ぐ浅妻船の調の雛。五人囃子、官女たち。ただあの狆ひきというのだけは形も品もなくも・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・空には、小波のような白い雲が流れていました。午後になると、海の方から、風が吹きはじめます。日がだいぶん西にまわったころ、ガラガラとつづいてゆく、荷馬車に出あいました。車の上には、派手な着物を被ておしろいをぬった女たちのほかに、犬や、さるも、・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・客はすることもないから、しゃんとして、ただぽかんと海面を見ていると、もう海の小波のちらつきも段と見えなくなって、雨ずった空が初は少し赤味があったが、ぼうっと薄墨になってまいりました。そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・これに対して下坐に身を伏せて、如何にもかしこまり切っている女は、召使筋の身分の故からというばかりでは無く、恐れと悲しみとにわなわなと顫えているのは、今下げた頭の元結の端の真中に小波を打っているのにも明らかであり、そして訴願の筋の差逼った情に・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫