・・・…… うの花にはまだ早い、山田小田の紫雲英、残の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野川が綟子を張って青く流れた。雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・そして、休み時間になったときに、彼は、いつも、はっきりと先生に、問われたことを答える、小田に向かって、「やまがらに、僕は、お湯をやったんだよ。」と、吉雄はいいました。「お湯をやったのかい。」と、小田は、目を円くして問いました。「・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・ 少年小使いの小田賢一は、いったのでした。子供たちは、すべて去ってしまって、学校の中は、空き家にも等しかったのです。教員室には、老先生が、ただ一人残って、机の上をかたづけていられました。「小田くん、すこし、漢文を見てあげよう。用がす・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ ちょうど、そのとき、小田と高橋が、釣りざおとバケツを下げて達ちゃん兄弟を誘いにきました。日曜日に、川へ寒ぶなを釣りにゆく、約束がしてあったからです。「どうしよう? ペスをさがしにゆくのをよして、釣りにゆこうか。」と、正ちゃんは、兄・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・先生は、こんど、小田をおさしになりました。彼は、組じゅうでの乱暴者でした。そればかりでなく、家が貧乏とみえて、いつも破れた服を着て、破れたくつをはいてきました。くつしたなどは、めったにはいたことがないのです。みんなの視線は、たちまち、小田の・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・恐らくは小田を勿来関に避けたという訳さ」 斯う彼等の友達の一人が、Kが東京を発った後で云っていた。それほど彼はこの三四ヵ月来Kにはいろ/\厄介をかけて来ていたのであった。 この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・という短篇集をみんなが芥川賞に推していて、私は照れくさく小田君など長い辛棒の精進に報いるのも悪くないと思ったので、一応おことわりして置いたが、お前ほしいか、というお話であった。私は、五、六分、考えてから、返事した。話に出たのなら、先生、不自・・・ 太宰治 「創生記」
・・・やゝ曇り初めし空に篁の色いよ/\深くして清く静かなる里のさまいとなつかしく、願わくば一度は此処にしばらくの仮りの庵を結んで篁の虫の声小田の蛙の音にうき世の塵に汚れたる腸すゝがんなど思ううち汽車はいつしか上り坂にかゝりて両側の山迫り来る。山田・・・ 寺田寅彦 「東上記」
魯迅伝から 小田嶽夫氏の「魯迅伝」を少しずつ読んでいる。いろいろと面白い。兄である魯迅と弟である周作人との間にある悲劇は、決して一朝一夕のものではないことを感じた。 魯迅は十三の年、可愛がってくれていた祖・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・ 困難な新進の道 芥川賞を得た小田嶽夫・鶴田知也「二新人に訊く」という題で『三田新聞』に小田嶽夫氏の書いている文章をよみ、それと腹合わせに「創生記」を読み、私は鼻の奥のところに何ともいえぬきつい苦痛な酸性の刺戟・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
出典:青空文庫