・・・ と言った時は――もう怪しいものではなかった――紅鼻緒の草履に、白い爪さきも見えつつ、廊下を導いてくれるのであろう。小褄を取った手に、黒繻子の襟が緩い。胸が少しはだかって、褄を引揚げたなりに乱れて、こぼれた浅葱が長く絡った、ぼっとりもの・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・なお一段と余情のあるのは、日が暮れると、竹の柄の小提灯で、松の中の径を送出すのだそうである。小褄の色が露に辷って、こぼれ松葉へ映るのは、どんなにか媚かしかろうと思う。「――お藻代さんの時が、やっぱりそうだったんですってさ。それに、も・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 旅行の暮の僧にて候 雪やこんこん、あられやこんこんと小褄にためて里の小娘は嵐の吹く松の下に集って脇明から入って来る風のさむいのもかまわず日のあんまり早く暮れてしまうのをおしんで居ると熊野を参詣した僧が山々の□(所を・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
出典:青空文庫