・・・ 多くの作家が京都弁を使った小説を書いている。が、私にはどの作家の小説に書かれた京都弁も似たり寄ったりで、きまり切った紋切型であるような気がしてならない。これは私自身まだ京都弁というものを深く研究していないから、多くの作家の作品の中に書・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・Kは午前中は地方の新聞の長篇小説を書いて居る。午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。先客があったり、後から・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「僕は一度こんな小説を読んだことがある」 聴き手であった方の青年が、新しい客の持って来た空気から、話をまたもとへ戻した。「それは、ある日本人が欧羅巴へ旅行に出かけるんです。英国、仏蘭西、独逸とずいぶんながいごったごたした旅行を続・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 自分は持て来た小説を懐から出して心長閑に読んで居ると、日は暖かに照り空は高く晴れ此処よりは海も見えず、人声も聞えず、汀に転がる波音の穏かに重々しく聞える外は四囲寂然として居るので、何時しか心を全然書籍に取られて了った。 然にふと物・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・解決は望まれぬまでも何か活きた悩みに触れてもらいたいために小説や、戯曲に行く。それはもとより当然である。文芸はこの生の具象的な事実をその肉づけと香気のままに表現するものだからだ。少なくともそこにはかわいた、煩鎖な概念的理窟や、腐儒的御用的講・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 今は小説を書くために、小説を書いている人間はいくらでもいるが、本当に、ペンをとってブルジョアを叩きつぶす意気を持ってかゝっている者は、五指を屈するにも足りない。僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・先生極真面目な男なので、俳句なぞは薄生意気な不良老年の玩物だと思っており、小説稗史などを読むことは罪悪の如く考えており、徒然草をさえ、余り良いものじゃない、と評したというほどだから、随分退屈な旅だったろうが、それでもまだしも仕合せな事には少・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・別にそんなに変っていなかったが、約一年目に出てきたシャバは、矢張り知らずに彼を興奮させていたのだろう。 これは、田口の話である。別に小説と云うべきものでもない。 ズロースを忘れない娘さん S署から「たらい廻わし」・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男らしくなき薄紅葉とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・おげんはまだ心も柔く物にも感じ易い若い娘の頃に馬琴の小説本で読み、北斎のさしえで見た伏姫の物語の記憶を辿って、それをあの奥様に結びつけて想像して見た。この想像から、おげんはいいあらわし難い恐怖を誘われた。「小山さん、弟さんですよ」 ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫