・・・お前さんの好きな作者の書いた小説ばかり読ませられている。お前さんの好きなお数ばかり喰べさせられている。お前さんの好きな飲みものばかり飲ませられている。わたしはこんな風にチョコレエトを飲ませられている。わたしがチョコレエトを飲むようになったの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ と多少、自信に似たものを得て、まえから腹案していた長い小説に取りかかった。 昨年、九月、甲州の御坂峠頂上の天下茶屋という茶店の二階を借りて、そこで少しずつ、その仕事をすすめて、どうやら百枚ちかくなって、読みかえしてみても、そんなに悪い・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・やはり、小林君のことを小説にするとは言えないので、書画の話を聞くふりして出かけた。私はやさしい母親とのんきな父親とを見た。その家はじつに小林君の死の床の横たわったところであった。 この家を訪問してから、『田舎教師』における私の計画は、や・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・* ゴットフリード・ケラーとはどんな人かと思って小宮君に聞いてみると、この人はスイスチューリヒの生れで、描写の細かい、しかし抒情的気分に富んだ写実小説家だそうである。 哲学者の仕事に対する彼の態度は想像するに難くない。ロックやヒュー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして帳簿をつけてしまうと、ばたんと掛硯の蓋をして、店の間へ行って小説本を読みだした。 その時入口の戸の開く音がして、道太が一両日前まで避けていた山田の姉らしい声がした。 道太は来たのなら来たでいいと思って観念していたが、昨日思いが・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ゾラの小説にある、無政府主義者が鉱山のシャフトの排水樋を夜窃に鋸でゴシゴシ切っておく、水がドンドン坑内に溢れ入って、立坑といわず横坑といわず廃坑といわず知らぬ間に水が廻って、廻り切ったと思うと、俄然鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ その後、私はねっしんに勉強して小説家になった。林茂君もたっしゃでいれば、どっかできっとえらい人間になっていてくれるだろう。いま一度逢って、あのときのお礼を言いたいものだ。 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 小説家春の家おぼろの当世書生気質第十四回には明治十八九年頃の大学生が矢場女を携えて、本郷駒込の草津温泉に浴せんとする時の光景が記述せられて居る。是亦当時の風俗を窺う一端となるであろう。其文に曰く、「草津とし云へば臭気も名も高き、其本元・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。 夏目漱石 「一夜」
・・・況んや小説家の中にも皆無である。ただ一人、僕の知る範囲で芥川龍之介が居た。彼は自殺の一二年前から、その作品の風貌を全く変へたが、これがニイチェの影響であつたことは、その「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫