・・・郭公が森の中で淋しく啼いた。小豆を板の上に遠くでころがすような雨の音が朝から晩まで聞えて、それが小休むと湿気を含んだ風が木でも草でも萎ましそうに寒く吹いた。 ある日農場主が函館から来て集会所で寄合うという知らせが組長から廻って来た。仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「……だって、椎の木婆さんが、糸車を廻す処ですもの、小豆洗ともいうんですわ。」 後前を見廻して、「それはね、城のお殿様の御寵愛の、その姉さんだったと言いましてね。むかし、魔法を使うように、よく祈りのきいた、美しい巫女がそこに居て・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・こんなちっちゃな餅でも一個八十銭つきまっさかいな。小豆も百二十円になりました」 京都の闇市場では一杯十円であった。「あんたとこは昔から五割安だからね」 というと、お内儀さんはうれしそうに、「千日堂の信用もおますさかいな、けっ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・雑穀屋が小豆の屑を盆の上で捜すように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝めていると、そのうちに自分の姿がだんだん見えて来るのです。そうです、それは「気配」の域を越えて「見えるもの」の領分へ入って来るのです。――こうK君は申しま・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・は女房まかせ、これを助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人は衣装にも振りにも頓着なく、糯米を磨ぐことから小豆を煮ること餅を舂くことまで男のように・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・……先ず僕が自己の額に汗して森を開き林を倒し、そしてこれに小豆を撒く、……」「その百姓が見たかったねエハッハッハッハッハッハッ」と竹内は笑いだした。「イヤ実地行ったのサ、まア待ち給え、追い追い其処へ行くから……、その内にだんだんと田・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 前夜から洗っておいて、水加減を多くし、トロ火でやわらかくそしてふきこぼれないようにたいてみた。 小豆飯にたいてみた。 食塩をいれていく分味をつけてみた。 寒天をいれて、ねばりをつけた。 片栗をいれてねばりをつけた。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
小豆島にいて、たまに高松へ行くと気分の転換があって、胸がすツとする。それほど変化のない日々がこの田舎ではくりかえされている。しかし汽車に乗って丸亀や坂出の方へ行き一日歩きくたぶれて夕方汽船で小豆島へ帰ってくると、やっぱり安・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
明治三十一年十二月十二日、香川県小豆郡苗羽村に生れた。父を兼吉、母をキクという。今なお健在している。家は、半農半漁で生活をたてゝいた。祖父は、江戸通いの船乗りであった。幼時、主として祖母に育てられた。祖母に方々へつれて行っ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・そして、大きな茶碗で兵営の小豆飯を食わされる。 新しく這入った兵士たちは、本当に国家のために入営したのであるか? それが目出度いことであり、名誉なことであるか? 兵士は、その殆んどすべてが、都市の工場で働いていた者たちか、或は、農村・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
出典:青空文庫