・・・彼等と一緒に兵タイに取られ、入営の小豆飯を食い、二年兵になるのを待ち、それから帰休の日を待った者が、今は、幾人骨になっているか知れない。 ある者は戦場から直ぐ、ある者は繃帯所から、ある者は担架で病院までやってきて、而も、病院の入口で見込・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・初めのうち、清三は夏休み中、池の水を汲むのを手伝ったり、畑へ小豆の莢を摘みに行ったりした。しかし、学年が進んで、次第に都会人らしく、垢ぬけがして、親の眼にも何だか品が出来たように思われだすと、おしかは、野良仕事をさすのが勿体ないような気がし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 私が二つのときの冬に、いちど狂った。小豆粒くらいの大きさの花火が、両耳の奥底でぱちぱち爆ぜているような気がして、思わず左右の耳を両手で覆った。それきり耳が聞えずなった。遠くを流れている水の音だけがときどき聞えた。涙が出て出て、・・・ 太宰治 「玩具」
・・・それは、お粥にゆで小豆を散らして、塩で風味をつけたものであった。老人の田舎のごちそうであった。眼をつぶって仰向のまま、二匙すすると、もういい、と言った。ほかになにか、と問われ、うす笑いして、遊びたい、と答えた。老人の、ひとのよい無学ではある・・・ 太宰治 「逆行」
ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒くもなんともありませんでした。・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・たとえばわれわれの世界では桶の底に入れた一升の米の上層に一升の小豆を入れて、それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには、だいたい同じような割合に交じり合うのであるが、この状況を写した映画のフィルムを逆転する場合には、・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・蒸されるような暑苦しい谷間の坂道の空気の中へ、ちょうど味噌汁の中に入れた蓴菜のように、寒天の中に入れた小豆粒のように、冷たい空気の大小の粒が交じって、それが適当な速度でわれわれの皮膚を撫でて通るときにわれわれは正真正銘の涼しさを感じるらしい・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・紺碧のナポリの湾から山腹を逆様に撫で上げる風は小豆大の砂粒を交えてわれわれの頬に吹き付けたが、ともかくも火口を俯瞰するところまでは登る事が出来た。下り坂の茶店で休んだときにそこのお神さんが色々の火山噴出物の標本やラヴァやカメーの細工物などを・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・先ず裏の畑の茄子冬瓜小豆人参里芋を始め、井戸脇の葡萄塀の上の棗、隣から貰うた梨。それから朝市の大きな西瓜、こいつはごろごろして台へ載りにくかったのをようやくのせると、神様へ尻を向けているのは不都合じゃと云い出してまた据え直す。こんな事でとう・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・と云いながら、白地の浴衣に片足をそと崩せば、小豆皮の座布団を白き甲が滑り落ちて、なまめかしからぬほどは艶なる居ずまいとなる。「美しき多くの人の、美しき多くの夢を……」と膝抱く男が再び吟じ出すあとにつけて「縫いにやとらん。縫いとらば誰に贈・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫