・・・「毎日行きたくっても、そうはお小遣いがつづかないでしょう。だから私、やっと一週に一ぺんずつ行って見たんです。」――これはいいが、その後が振っている。「一度なんか、阿母さんにねだってやっとやって貰うと、満員で横の隅の所にしか、はいれないん・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「いや、実は小遣いは、――小遣いはないのに違いないんですが、――東京へ行けばどうかなりますし、――第一もう東京へは行かないことにしているんですから。……」「まあ、取ってお置きなさい。これでも無いよりはましですから。」「実際必要は・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・しかし彼の小遣いを十円貰うことは夢みていない。これも十円の小遣いは余りに真実の幸福に溢れすぎているからである。 暴力 人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは暴力より外にある筈はない。この故に往往石器時代の脳・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そこでその日も母親が、本所界隈の小売店を見廻らせると云うのは口実で、実は気晴らしに遊んで来いと云わないばかり、紙入の中には小遣いの紙幣まで入れてくれましたから、ちょうど東両国に幼馴染があるのを幸、その泰さんと云うのを引張り出して、久しぶりに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・……お前たちの二日分の祭礼の小遣いより高い、と云って聞かせました。――その時以来、腹のくちい、という味を知らなかったのです。しかし、ぼんやり突立っては、よくこの店を覗いたものです。――横なぐりに吹込みますから、古風な店で、半分蔀をおろしまし・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・作得米を上げたら扶持とも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲んだり博打まで仲間んなるだもの、嬶に無理はないだよ」「そらまアえいけど、それからどうしたのさ」「嬶がね。眼真暗で飛び込んでさ。こん生畜生め、暮れの飯米もねいのに、博打ぶ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・婿一人の小遣い銭にできやしまいし、おつねさんに百俵付けを括りつけたって、体一つのおとよさんと比べて、とても天秤にはならないや。一万円がほしいか、おとよさんがほしいかといや、おいら一秒間も考えないで……」「おとよさんほしいというか、嬶にい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 初めから引かしてやると言うんで、毎月、毎月妾のようにされても、なりたけお金を使わせまいと、わずかしか小遣いも貰わなかったんだろうじゃないか? 人を馬鹿にしゃアがったら、承知アしない、わ。あのがらくた店へ怒鳴り込んでやる!」「そう、目の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・給金はなくて、小遣いは一年に五十銭、一月五銭足らずでした。古参の丁稚でもそれと大差がないらしく、朋輩はその小遣いを後生大事に握って、一六の夜ごとに出る平野町の夜店で、一串二厘のドテ焼という豚のアブラ身の味噌煮きや、一つ五厘の野菜天婦羅を食べ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・お君が豹一に小遣いを渡すのを見て、「学校やめた男に金をやらんでもええやないか」 そして、お君が賃仕事で儲ける金をまきあげた。豹一が高等学校へはいるとき、安二郎はお君に五十円の金を渡した。貰ったものだと感謝していたところ、こともあろう・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫