・・・どこまで駈けても、高粱は尽きる容子もなく茂っている。人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。日の光も秋は、遼東と日本と変りがない。 繰返して云うが、何小二は馬の背に揺られながら、創の痛みで唸っていた。が、彼の食いし・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・――あれは風の音であろうか――あの日以来の苦しい思が、今夜でやっと尽きるかと思えば、流石に気の緩むような心もちもする。明日の日は、必ず、首のない私の死骸の上に、うすら寒い光を落すだろう。それを見たら、夫は――いや、夫の事は思うまい、夫は私を・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ その時お栄は御弾きをしながら、祖母の枕もとに坐っていましたが、隠居は精根も尽きるほど、疲れ果てていたと見えて、まるで死んだ人のように、すぐに寝入ってしまったとか云う事です。ところがかれこれ一時間ばかりすると、茂作の介抱をしていた年輩の・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ ちょうどこの時分、父の訃に接して田舎に帰ったが、家計が困難で米塩の料は尽きる。ためにしばしば自殺の意を生じて、果ては家に近き百間堀という池に身を投げようとさえ決心したことがあった。しかもかくのごときはただこれ困窮の余に出でたことで、他・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・顔の厭に平べッたい、前歯の二、三本欠けた、ちょっと見ても、愛相が尽きる子だ。菊子が青森の人に生んで、妹にしてあると言ったのは、すなわち、これらしい。話しばかりに聴いて想像していたのと違って、僕が最初からこの子を見ていたなら、ひょッとすると、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ * * * 万年屋の女房はすっかり悄げ返っていたが、銭占屋に貰った五十銭が尽きると、間もなく三州屋にいるその亭主の所へ転げこんだ。で、元の鞘に収った万年屋夫婦は、白と千草の風呂敷包を二人で背負分けてどこへか・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ なぜなら、大阪の闇市場の特色はこの一語に尽きるからである。 例えば主食を売っている。闇煙草を売っている。金さえ持って闇市場へ行けば、いつでも、たとえ夜中でも、どこかで米の飯が食べられるし、煙草が買えるのである。といえば、東京の人人・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・林が尽きると野に出る。 四 十月二十五日の記に、野を歩み林を訪うと書き、また十一月四日の記には、夕暮に独り風吹く野に立てばと書いてある。そこで自分は今一度ツルゲーネフを引く。「自分はたちどまった、花束を拾い上・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・これで西伯利亜のパルチザンの種も尽きるでありましょう。と、ね。」「はい。――若し、我軍の損傷は? ときかれましたら、三人の軽傷があったばかりであります。その中、一人は、非常に勇敢に闘った優秀な将校でありました。と云います。」「うむ、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・そうして毎日出て本所から直ぐ鼻の先の大川の永代の上あたりで以て釣っていては興も尽きるわけですから、話中の人は、川の脈釣でなく海の竿釣をたのしみました。竿釣にも色ありまして、明治の末頃はハタキなんぞという釣もありました。これは舟の上に立ってい・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫