・・・寿命が尽きる前にゃあ気が弱くなるというが、我アひょっとすると死際が近くなったかしらん。これで死んだ日にゃあいい意気地無しだ。「縁起の悪いことお云いでないよ、面白くもない。そんなことを云っているより勢いよくサッと飲んで、そしていい考案でも・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ で、世界の魔法について語ったら、一月や二月で尽きるわけのものではない。例えば魔法の中で最も小さな一部の厭勝の術の中の、そのまた小さな一部のマジックスクェアーの如きは、まことに言うに足らぬものである。それでさえ支那でも他の邦でも、それに・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・シロオテの物語は、尽きるところなかった。 白石は、ときどき傍見をしていた。はじめから興味がなかったのである。すべて仏教の焼き直しであると独断していた。 白石のシロオテ訊問は、その日を以ておしまいにした。白石はシロオテの裁断につい・・・ 太宰治 「地球図」
・・・玄関からまっすぐに長い廊下が通じていて、廊下の板は、お寺の床板みたいに黒く冷え冷えと光って、その廊下の尽きるところ、トンネルの向う側のように青いスポット・ライトを受けて、ぱっと庭園のその大滝が望見される。葉桜のころで、光り輝く青葉の陰で、ど・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・どんな人でも、僕の家に間借りして、同じ屋根の下に住んでみたら、田舎教師という者のケチ臭いみじめな日常生活には、あいそが尽きるに違いないんだ。殊につい最近、東京から疎開して来たばかりの若い娘さんの眼には、もうとても我慢の出来ない地獄絵のように・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・世界の尽きる時が来ても、一寸もこの闇の外に踏み出すことは出来ぬ。そしていつまで経っても、死ぬと云うことは許されない。浮世の花の香もせぬ常闇の国に永劫生きて、ただ名ばかりに生きていなければならぬかと思うと、何とも知れぬ恐ろしさにからだがすくむ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・やはり夜の神秘な感じは夏の夜に尽きるようである。 三 暑さの過去帳 少年時代に昆虫標本の採集をしたことがある。夏休みは標本採集の書きいれ時なので、毎日捕虫網を肩にして旧城跡の公園に出かけたものである。南国の炎天・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・少なくも人間の思想が進化し新しい観念や概念が絶えず導入され、また人間の知恵が進歩して新しい事物が絶えず供給されている間は新しい俳句の種の尽きる心配は決してないであろう。 話が少し横道にそれてしまったが、ここで言わんとしたことは、俳句が最・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 土堤の尽きるはるか向うに、桜に囲まれた山荘庵という丘があった。この見はるかす何十町という田圃や畑の地主は、その山荘庵の丘の上の屋敷に住んでいる大野という人であった。 善ニョムさん達は、この「大野さん」を成り上り者と蔭口云うように、・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・他の一筋は堤の尽きるところ、道哲の寺のあるあたりから田町へ下りて馬道へつづく大通である。電車のないその時分、廓へ通う人の最も繁く往復したのは、千束町二、三丁目の道であった。 この道は、堤を下ると左側には曲輪の側面、また非常門の見えたりす・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫