・・・短歌に尽きているかも知れない。 運命 遺伝、境遇、偶然、――我我の運命を司るものは畢竟この三者である。自ら喜ぶものは喜んでも善い。しかし他を云々するのは僣越である。 嘲けるもの 他を嘲るものは同時に又・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・これでここに必要な二人の会話のだいたいはほぼ尽きているのだが、その後また河上氏に対面した時、氏は笑いながら「ある人は私が炬燵にあたりながら物をいっていると評するそうだが、全くそれに違いない。あなたもストーヴにあたりながら物をいってる方だろう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・敗れて地に塗れた者は、尽きざる恨みを残して、長しなえに有情の人を泣かしめる。勝つ者はすくなく、敗るる者は多い。 ここにおいて、精神界と物質界とを問わず、若き生命の活火を胸に燃した無数の風雲児は、相率いて無人の境に入り、我みずからの新らし・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ が、渠の身に取っては、食に尽きて倒るるより、自然に死ぬなら、蛇に巻かれたのが本望であったかも知れぬ。 袂に近い菜の花に、白い蝶が来て誘う。 ああ、いや、白い蛇であろう。 その桃に向って、行きざまに、ふと見ると、墓地の上に、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ おとよはもう意地も我慢も尽きてしまい、声を立てて泣き倒れた。気の弱い母は、「そんならお前のすきにするがえいや」「ウム立派に剛情を張りとおせ。そりゃつらいところもあろう、けれども両親が理を分けての親切、少しは考えようもありそうな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・談ずる処は多くは実務に縁の遠い無用の空想であって、シカモ発言したら々として尽きないから対手になっていたら際限がない。沼南のような多忙な政治家が日に接踵する地方の有志家を撃退すると同じコツで我々閑人を遇するは決して無理はない。ブツクサいうもの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 勿論以上を以て尽きない、全福音書を通じて直接間接に来世を語る言葉は到る所に看出さる、而して是は単に非猶太的なる路加伝に就て言うたに過ぎない、新約聖書全体が同じ思想を以て充溢れて居る、即ち知る聖書は来世の実現を背景として読むべき書な・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ そのうちに、彼女の歩いている路は、いつしか尽きてしまって、目の前に青い青い池が見えました。日はまったく暮れて、空の星がちらちらとその静かな水の上に映っていました。 娘は、目がよく見えませんけれど、この深そうに青黒く見える、池の面に・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・坂田の棋士としての運命もこの時尽きてしまったかと思われた。私は坂田の胸中を想って暗然とした。同時に私はひそかにわが師とすがった坂田の自信がこんなに脆いものであったかと、だまされた想いにうろたえた。まるでもぬけの殻を掴まされたような気がし、私・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ いつまでも尽きないおやじの話で、私たちは遅くまで酒を飲んだ。明日はこの村の登記所へ私たちはちょっとした用事があった。私たちの村はもう一つ先きの駅なのだが、父が村にわずかばかし遺して行ってくれた畑などの名義の書き替えは、やはりここの登記・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫