・・・ そのとき、山梨県吉田町のN君が、たずねて来た。N君とは、去年の秋、私が御坂峠へ仕事しに行ったときからの友人である。こんど、東京の造船所に勤めることになりました、と晴れやかに笑って言った。私はN君を逃がすまいと思った。台所に、まだ酒が残・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ ことしの正月、山梨県、甲府のまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵を借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な小説あくせく書きすすめていたのであるが、この甲府のまち、どこへ行っても犬がいる。おびただしいのである。往来に、あるいは佇み、・・・ 太宰治 「畜犬談」
ことしの正月から山梨県、甲府市のまちはずれに小さい家を借り、少しずつ貧しい仕事をすすめてもう、はや半年すぎてしまった。六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は、その仮借なき、地の底から湧き・・・ 太宰治 「美少女」
・・・ タネリは、ほんとうにさびしくなって、また藤の蔓を一つまみ、噛みながら、もいちど森を見ましたら、いつの間にか森の前に、顔の大きな犬神みたいなものが、片っ方の手をふところに入れて、山梨のような赤い眼をきょろきょろさせながら、じっと立ってい・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・福田戒厳令司令官が山梨に代ったのもこの理由であったのだ。他二名は誰か、又どうして殺したか、所持品などはどうされたか。 高津正道、佐野学、山川均菊栄氏等もやられたと云う噂あり。実に複雑な世相。一部の人々は皆この際やってしまう方がよいと云う・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫