・・・…… この話は、たちまち幾百里の山河を隔てた、京畿の地まで喧伝された。それから山城の貉が化ける。近江の貉が化ける。ついには同属の狸までも化け始めて、徳川時代になると、佐渡の団三郎と云う、貉とも狸ともつかない先生が出て、海の向うにいる越前・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・心きようじつの如し 阿誰貞節凜として秋霜 也た知る泉下遺憾無きを ひつぎを舁ぐの孤児戦場に趁く 蟇田素藤南面孤を称す是れ盗魁 匹として蜃気楼堂を吐くが如し 百年の艸木腥丘を余す 数里の山河劫灰に付す 敗卒庭に聚まる真に幻矣 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 実にそうである、豊吉の精根は枯れていたのである。かれは今、堪ゆべからざる疲労を感じた。私塾の設立! かれはこの言葉のうち、何らの弾力あるものを感じなくなった。 山河月色、昔のままである。昔の知人の幾人かはこの墓地に眠っている。豊吉・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・……霧立ち嵐はげしき折々も、山に入りて薪をとり、露深き草を分けて、深山に下り芹を摘み、山河の流れも早き巌瀬に菜をすすぎ、袂しほれて干わぶる思ひは、昔人丸が詠じたる和歌の浦にもしほ垂れつつ世を渡る海士も、かくやと思ひ遣る。さま/″\思ひつづけ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・再び故郷の山河を見ることの出来るのはいつであろうか。母に、もしもの事があった時には、或いは、もういちど故郷を、こんどは、ゆっくり見ることが出来るかも知れないが、それもまた、つらい話だ、というような意味の事を書いて置いた筈であるが、その原稿を・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ふるさとの山河が浮ぶのである。私は、もう十年も故郷を見ない。八年まえの冬、考えると、あの頃も苦しかったが、私は青森の検事局から呼ばれて、一人こっそり上野から、青森行の急行列車に乗り込んだことがある。浅虫温泉の近くで夜が明け、雪がちらちら降っ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・科学者の描写は草木山河に関したある事実の一部分であるが、芸術家の描こうとするものはもっと複雑な「ある物」の一面であって草木山河はこれを表わす言葉である。しかしそのある物は作家だけの主観に存するものでなくてある程度までは他人にも普遍的に存する・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・しかし静に考察すれば芸術家が土耳古の山河風俗を愛惜する事は、敢て異となすには及ばない。ピエール・ロチは欧洲人が多年土耳古を敵視し絶えずその領土を蚕食しつつある事を痛嘆して『苦悩する土耳古』と題する一書を著し悲痛の辞を連ねている。日本と仏蘭西・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・手帳を出しすばやく何か書きつく、特務曹長に渡す、順次列中に渡る、唱バナナン大将の行進歌合唱「いさおかがやく バナナン軍マルトン原に たむろせど荒さびし山河の すべもなく饑餓の 陣営 日にわたり夜をもこむれ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・をかきながら、自分の文学のリアリズムに息がつまって、午前中小説をかけば午後は小説をかくよりももっと熱中して南画をかき、空想の山河に休んだということは、何故漱石のリアリズムが彼を窒息させたかという文学上の問題をおいても、大正初期の日本文化の一・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫