・・・「こっちの低い山脈は、ぼんじゅ山脈というのだ。あれが馬禿山だ。」実に、投げやりな、いい加減な説明だった。 ここがわしの生れ在所、四、五丁ゆけば、などと、やや得意そうに説明して聞かせる梅川忠兵衛の新口村は、たいへん可憐な芝居であるが、私の・・・ 太宰治 「故郷」
・・・の字を倒さにしたような形で、二つの並行した山脈地帯を低い平野が紐で細く結んでいるような状態なのである。大きいほうの山脈地帯は、れいの雲煙模糊の大陸なのである。さきの沈黙の島は、小さいほうの山脈地帯なのである。平野は、低いから全く望見できなか・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐郷土史の権威として知られた杜山居士寺石正路氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・北米大陸では大山脈が南北に走っているためにこうした特異な現象に富んでいるそうで、この点欧州よりは少なくも一つだけ多くの災害の種に恵まれているわけである。北米の南方ではわがタイフーンの代わりにその親類のハリケーンを享有しているからますます心強・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・後の場面に現われた土佐の山脈もまたここに縁を引いているかもしれない。「みどりや」という宿屋には覚えがない。しかしやはり前日家人と沓掛行きの準備について話をしたとき、今度行ったらグリーンホテルで泊まってそこでたまっている仕事を片付けようと・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・の問題として理論的にもかなりたびたび取り扱われたもので、工学上にもいろいろの応用のあるのはもちろんであるが、また一方では、平行山脈の生成の説明に適用されたり、また毛色の変わった例としては、生物の細胞組織が最初の空洞球状の原形からだんだんと皺・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・伊予の西の端に指のように突き出た佐田岬半島と豊後の佐賀の関半島とは、大昔には四国から九州につながった一つの山脈であったのが、海峡の辺の大地が落ち込んだためにあのような半島とこの豊後海峡が出来たという事です。今でもこの海峡には海の底に狭い敷居・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・台湾の中央山脈を測量した時などは、蛮人百二十名巡査十五名を従え軍隊組織で行列二里にわたり、四日間の露営をしたそうであるが、これらは民間登山家などには味わうことのできない一種の天国行軍であろうと思われる。 とにかく、これだけの艱難辛苦によ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・郊外の龍華寺に往きその塔に登って、ここに始めて雲烟渺々たる間に低く一連の山脈を望むことができるのだと、車の中で父が語られた。 昭和の日本人は秋晴れの日、山に遊ぶことを言うにハイキングとやら称する亜米利加語を用いているが、わたくしの如き頑・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・ お日さまは何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり、またかがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりしました。 山脈の雪はまっ白に燃え、眼の前の野原は黄いろや茶の縞になってあちこち掘り起こされた畑は鳶いろの四角なきれ・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
出典:青空文庫