・・・ 見ると東のとっぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしい桃いろの月がのぼったのでした。お月さまのちかくはうすい緑いろになって、柏の若い木はみな、まるで飛びあがるように両手をそっちへ出して叫びました。「おつきさん、おつきさん、おっつき・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・向うの方ではまるで泣いたばかりのような群青の山脈や杉ごけの丘のようなきれいな山にまっ白な雲が所々かかっているだろう。すぐ下にはお苗代や御釜火口湖がまっ蒼に光って白樺の林の中に見えるんだ。面白かったねい。みんなぐんぐんぐんぐん走っているんだ。・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ その室の右手の壁いっぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どった大きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになっており、そのまん中を走るせぼねのような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、ま・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 五日の月が、西の山脈の上の黒い横雲から、もう一ぺん顔を出して、山に沈む前のほんのしばらくを、鈍い鉛のような光で、そこらをいっぱいにしました。冬がれの木や、つみ重ねられた黒い枕木はもちろんのこと、電信柱までみんな眠ってしまいました。・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ いくつもの小流れや石原を越えて、山脈のかたちも大きくはっきりなり、山の木も一本一本、すぎごけのように見わけられるところまで来たときは、太陽はもうよほど西に外れて、十本ばかりの青いはんのきの木立の上に、少し青ざめてぎらぎら光ってかかりま・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・はるか左側に雄大な奥羽山脈をひかえ、右手に秋田の山々が見える。その間の盆地数十里の間、行けど、行けど、青々と茂った稲ばかりである。 関東の農村は、汽車でとおっても、雑木林をぬけたところには畑があり、そこでヒエが穂を出しているかと思うと、・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 遠くに白山山脈の見えるその村は、水田ばかりであったから、七、八月のむし暑さは実にひどかった。涼しいはずの茅屋根の下でも、吹きとおす風がないのだから、汗ふき手拭がじきぬれた。老人は、毎日毎日汗をふきながら机に向っているわたしを可哀そうに・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・東京の市中では想像もつかない広い空、耕地、遠くの山脈。竹やぶの細い葉を一枚一枚キラキラ強い金色にひらめかせながら西の山かげに太陽が沈みかけると、軽い蛋白石色の東空に、白いほんのりした夕月がうかみ出す、本当に空にかかる軽舸のように。しめりかけ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・チフリスへはコーカサス山脈を横断するグルジンスカヤ山道を自動車で十時間余ドライブして行く筈であった。コーカサスの雄大な美を知りたいと思えば、このグルジンスカヤ山道をおいてはない。そう云われている絶景である。ウラジ・カウカアズが、その起点とな・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・夜になると、月のない闇空に、黒い入道雲が走り、白山山脈の彼方で、真赤な稲妻の閃くのが見えた。 夜中に、二度ばかり、可なり強い地震で眼を醒された。然し、愈々夜が明けると、二百十日は案外平穏なことがわかった。前夜の烈風はやんで、しとしとと落・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫