・・・ちぎった書き崩しを拾って、くちゃくちゃに揉んだのを披げて、皺を延ばして畳んで、また披げて、今度は片端から噛み切っては口の中で丸める。いつしかいろいろの夢を見はじめる。――自分は覚めていて夢を見る。夢と自分で名づけている。 馬の鈴が聞えて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・それでは、と膝を崩して、やや顔を上げ、少し笑って見せると、こんどは、横着な奴だと言って叱られる。これはならぬと、あわてて膝を固くして、うなだれると、意気地が無いと言って叱られる。どんなにしても、だめであった。私は、私自身を持て余した。兄の怒・・・ 太宰治 「一燈」
・・・机の前に少し膝を崩して坐り、それから眼鏡をはずして、にやにや笑いながらハンケチで眼鏡の玉を、せっせと拭いた。それが終ってから、また眼鏡をかけ、眼を大袈裟にぱちくりとさせた。急に真面目な顔になり、坐り直して机に頬杖をつき、しばらく思いに沈んだ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それを少し我儘な日本流に崩して読むと、十七、十四、十七、十四、とつまり短歌の連続のように読む事が可能である。例えば。。 アラビアの詩にも十五種ほどもミーターの種類があるらしいが、その中でも十五、十五の連続あるいは八、八、・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・しかしメストロウィークを崩したような大物になると、どうにも自分などのようなものの好意の圏外に飛出してしまう。 美術院はほとんど素通りした。どちらを見ても近寄ってよく見ようというような誘惑を感じるものはほとんどなかった。絵でも人間でも一と・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・やがて爺さんは立てていた膝を崩して柱時計を見あげた。「私も、これからまた末の女の奴を仕上げなくちゃなんねえんだがね、金のなくなる迄にゃ、まア如何にか物になろうと思うんで……。」爺さんは然う言って、火鉢の側から離れた。・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「さあ格式を崩したら、なおいかんじゃないかしら。東の特徴がまるでなくなってしまやしないかね」辰之助は言っていた。「けれど少し腕のあるものは、皆なあちらへ行ってしまうさかえ」「そうや。このごろでは西の方にどうしてなかなか美しい子が・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・殊に瞽女のお石と馴染んでからはもうどんな時でもお石の噺が出れば相好を崩して畢う。大きな口が更に拡がって鉄漿をつけたような穢い歯がむき出して更に中症に罹った人のように頭を少し振りながら笑うのである。然し瞽女の噂をして彼に揶揄おうとするものは彼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・はきと分らねど白地に葛の葉を一面に崩して染め抜きたる浴衣の襟をここぞと正せば、暖かき大理石にて刻めるごとき頸筋が際立ちて男の心を惹く。「そのまま、そのまま、そのままが名画じゃ」と一人が云うと「動くと画が崩れます」と一人が注意する。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・むようになり、また他の線へ移る余裕がなくなるのはつまり吾人の社会的知識が狭く細く切りつめられるので、あたかも自ら好んで不具になると同じ結果だから、大きく云えば現代の文明は完全な人間を日に日に片輪者に打崩しつつ進むのだと評しても差支ないのであ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫