・・・ 深秘な山には、谷を隔てて、見えつつ近づくべからざる巨木名花があると聞く。……いずれ、佐保姫の妙なる袖の影であろう。 花の蜃気楼だ、海市である……雲井桜と、その霞を称えて、人待石に、氈を敷き、割籠を開いて、町から、特に見物が出るくら・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 偶と紫玉は、宵闇の森の下道で真暗な大樹巨木の梢を仰いだ。……思い掛けず空から呼掛けたように聞えたのである。「ちょっと燈を、……」 玉野がぶら下げた料理屋の提灯を留めさせて、さし交す枝を透かしつつ、――何事と問う玉江に、「誰・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・右側に十本、左側にも十本、いずれも巨木である。葉の繁るころ、この路はうすぐらく、地下道のようである。いまは一枚の葉もない。並木路のつきるところ、正面に赤い化粧煉瓦の大建築物。これは講堂である。われはこの内部を入学式のとき、ただいちど見た。寺・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫