・・・さきの保証金とあわせて二万二千円、但し新聞広告代にざっと三千円掛り、差し引き一万九千円の金がはいったと、丹造は算盤をはじいた……。 嘘みたいな上首尾だった。こうまで巧く成功するのは、お前……いや、このおれも予想しなかった。たいていの・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・畠の収穫物の売上げは安く、税金や、生活費はかさばって、差引き、切れこむばかりだった。そうかといって、醤油屋の労働者になっても、仕事がえらくて、賃銀は少なかった。が今更、百姓をやめて商売人に早変りをすることも出来なければ、醤油屋の番頭になる訳・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・地租、肥料、籾などの代を差し引き、労力も二人で持ち寄れば、収穫も二人で分けさせることにしてあった。 いつのまにか私たちの家の狭い庭には、薔薇が最初の黄色い蕾をつけた。馬酔木もさかんな香気を放つようになった。この花が庭に咲くようになっ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・そうしたためにもしこの僅少な時間を空費したとしても、乗車してからの数十分間にからだを休息させ、こういう時でなければちょっと読む機会のないような種類の読み物を十ページでも読むとすれば、差し引きして、どうしてもこのほうが利益であるとしか思われな・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・である。 虫の肥大なからだはその十分の一にも足りない小さな蜘蛛の腹の中に消えてしまっている。残ったものはわずかな外皮のくずと、そして依然として小さい蜘蛛一匹の「生命」である。差し引きした残りの「物質」はどうなったかわからない。 簔虫・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・これで平田を口説いたのと差引きにしてやろう」「まだあんなことを」「おッと危ない。溢れる、溢れる」「こんな時でなくッちゃア、敵が取れないわ。ねえ、花魁」 吉里は淋しそうに笑ッて、何とも言わないでいる。「今擽られてたまるもの・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫