・・・な破壊的な行為でも、またどんなに平凡に見える行為でも、それに信仰と信念とがあって、十分な自覚の上に起っていさえするものであったなら、それは立派な人間性の現われでありまた現実性を持ったものであると言って差支えない。文芸ばかりでなく、絵画に於て・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・文言は例のお話の縁談について、明日ちょっとお伺いしたいが、お差支えはないかとの問合せで、配達が遅れたものと見え、日附は昨日の出である。 端書を膝の上に置いて、お光はまたそれにいつまでも見入った。「全くもうむずかしいんだとしたら……」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「そりゃ晩までで差支えありませんがね、併し余計なことを申しあげるようですが、引越しはなるべく涼しいうちの方が好かありませんかね?」「併し兎に角晩までには間違いなく引越しますよ」「でまた余計なことを云うようですがな、その為めに私の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・規定が一つ減じることは因果律が許さないが、一つ増加することは差支えない。しからばかかる規定者はどこからくるか。カントは人間の英知的性格の中にその源を求めた。しかし自由を現象界から駆逐して英知的の事柄としたのでは、一般にカントの二元論となり終・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 圭吾ってのは、どんな男だか、あなたなどは東京にばかりいらっしゃったのだから、何も御存じないでしょうし、また、いまはこんな時代になって、何を公表しても差支えないわけでしょうから、それはどこの誰だと、はっきり明かしてしまってもいいとはいう・・・ 太宰治 「嘘」
・・・君も僕も差支えないとしても、聞く奴が駑馬なら君と僕の名に関る。太宰治は、一寸、偉くなりすぎたからいかんのだ。これじゃ、僕も肩を並べに行かなくては。漕ぎ着こう。六、長沢の小説よんだか。『神秘文学』のやつ。あんな安直な友情のみせびらかしは、僕は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それでも実用上の多くの問題には実際差支えがなかったのである。ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるようになった。そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・と見ても差支えはなかろう。 これと正反対の極端にある科学者もある。その種類の人には歴史という事は全く無意味である。古い研究などはどうでもよい。最新の知識すなわち真である。これに達した径路は問う所ではないのである。実際科学上の知識を絶対的・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・茶は飲まんでも差し支えない事となる。「婆さんが云うには、あの鳴き声はただの鳴き声ではない、何でもこの辺に変があるに相違ないから用心しなくてはいかんと云うのさ。しかし用心をしろと云ったって別段用心の仕様もないから打ち遣って置くから構わない・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 此書は趣向もなく、構造もなく、尾頭の心元なき海鼠の様な文章であるから、たとい此一巻で消えてなくなった所で一向差し支えはない。又実際消えてなくなるかも知れん。然し将来忙中に閑を偸んで硯の塵を吹く機会があれば再び稿を続ぐ積である。猫が生き・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
出典:青空文庫