・・・まんまとそれを種に暇を貰わせて、今の住居へおびき寄せると、殺しても主人の所へは帰さないと、強面に云い渡してしまったそうです。が、勿論新蔵と堅い約束の出来ていたお敏は、その晩にも逃げ帰る心算だったそうですが、向うも用心していたのでしょう。度々・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・と、皇子は望んでいられるやさきでありますから、ようすを探りにきたものを十分にもてなして帰されました。 やがて、そのものは、立ち帰りました。お待ちになっていたお姫さまは、どんなようすであったかと、すぐにおたずねになりました。「それは、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・憎んだのですが、人間の社会に於て、貧しい者と富める者と、あることは、ある程度まで、仕方のないことゝしても、全く食うに欠け、着るに物がないとしたら、それは、自然の理法を誤っていることであって、組織の罪に帰さなければならないでありましょう。・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・その前月おせいは一度鎌倉へつれ帰されたのだが、すぐまた逃げだしてき、その解決方に自分から鎌倉に出向いて行ったところ、酒を飲んでおせいの老父とちょっとした立廻りを演じ、それが東京や地方の新聞におおげさに書きたてられて一カ月と経っていない場合だ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ そはなんじが叔母に託して昨年の夏の初め、品川出帆の朝、わがもとに送りたる品なり、今再びこれをなんじに還さん、なんじはなお手もとに置き難しと言うや、かく言いしわが言葉は短けれどその意は長し。 二郎はなお言葉なくながめ入りぬ。 げ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・私も初めのうちは行きませんでしたがあまりたびたび言うので一度参りますると、一時間も二時間も止めて還さないで膝の上に抱き上げたり、頸にかじりついたり、頭の髪を丁寧に掻き下してなお可愛くなったとその柔らかな頬を無理に私の顔に押しつけたり、いろい・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「こんなに多くのものが悉く内地へ帰されるだろうか。そんなことをすれば一年内に、一個聯隊の兵士がみんな内地へ帰ってしまわなければならないだろう。だが、そんなことはさせまい。――このうちから幾人かはシベリアに残されるんだ。」さきから這入って・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・百屋の御用聞き春公と、家の仲働お玉と云うのが何時か知ら密通して居て、或夜、衣類を脊負い、男女手を取って、裏門の板塀を越して馳落ちしようとした処を、書生の田崎が見付けて取押えたので、お玉は住吉町の親元へ帰されると云う大騒ぎだけは、何の事か解ら・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 一九三四年一月十五日にわたしも検挙され、六月十三日、母の危篤によって家へ帰された。母はわたしの顔をおぼろの視力でようように見わけ十五分ののちに絶命した。 その一九三四年の十二月に、わたしは淀橋区上落合の、中井駅から近い崖の上の家に・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・自分は、金のことを云わなければ半年経とうが帰さないと脅かされて、放ぽり込んで置かれるのであるが、その学生と自分の金の問題とが妙に連関しているようで、しかも心当りもなく、結局、どこの誰がどう清算しようと、知らない事は知らない事だと、腰を据える・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫