・・・ては別の機会に詳説することとして、ここではともかくそうしてできた五七また七五調が古来の日本語に何かしら特に適応するような楽律的性質を内蔵しているということをたとえ演繹することは困難でも、眼前の事実から帰納することができればそれで少なくもこの・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・その不思議を昔われらの先祖が化け物へ帰納したのを、今の科学者は分子原子電子へ持って行くだけの事である。昔の人でもおそらく当時彼らの身辺の石器土器を「見る」と同じ意味で化け物を見たものはあるまい。それと同じようにいかなる科学者でも・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・それには、この実験によって生じたいろいろの効果を正確に観察し、それを忠実に記録し、そうしてその結果を分析し帰納し、それから、もしできるなら、市民交通を支配する方則のようなものを抽出し、それから演繹される各種の命題を将来の市電経営法の改善に応・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 学者の中には、二つの国語の間の少数な語彙の近似から、大胆に二つのものの因果関係を帰納せんとする人もあるようであり、また一方においてあまりに細心で潔癖なために、暗合の悪戯に欺かれる事を恐れてこの種の比較に面迫することを回避する人もあるか・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・第三は器械的実験によって現象を系統化し、帰納する能力である。これをKと名づける。今もしこの三つの能力が測定の可能な量であると仮定すれば、LSKの三つのものを座標として、三次元の八分一空間を考え、その空間の中の種々の領域に種々の科学者を配当す・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・を傍で拭き、得意の庖丁磨きをすることを恒例とする良人、労農派の総帥山川均氏をはじめ、親類の男の誰彼が特殊な事情でそれぞれ女のする家のことをもよくするということで、すべての男性というものを気よくその中へ帰納してしまい、最後に到って飄逸たらんと・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・により簡単明瞭なる「借」「貸」に帰納されつつある。背後に「東端」がひろがり始めていようとも英蘭銀行の正面は広大だ。両手を拡げるように都会植民地の前に大柱列を並べ、人はそこまで出てしまうと西から来て再び西へ寄せ返す人波と、二つの巨大な磁石巖―・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・これまで、男といえば菊池氏流に、貞操というようなものはないもの、多妻的本性によって行動するものと単純に自覚されてきているが、現代の青年ははたしてすべてが、そういう単純な生物的な一機能に全人間性を帰納させた生きかたを自分の生きかたとしているで・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・またすべての愛は自愛に帰納せられた。人を愛する心持ちがどんなに強く自分の内に起って来ようとも、それを自愛まで持って行かなければ満足が出来なかった。 この時自分の解していた「自己肯定」より見れば自分のこの傾向は至極徹底的であった。すべての・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫