・・・ 季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、どうかするとセルに袷羽織を引っかけて出るほどで、道太はお客用の褞袍を借りて着たりしていたが、その日はやはり帷子でも汗をかくくらいであった。 その前々晩に、遠所にいるお芳から電話がかかってきて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿して黄金作りの太刀の柄に左の手を懸け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽げに石段の上に移すのはローリーか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・先ず取り出したのは着換の帷子一枚である。次に臂をずっと底までさし入れて、短刀を一本取り出した。当番の夜父三右衛門が持っていた脇差である。りよは二品を手早く袱紗に包んで持って出た。 文吉は敵を掴まえた顛末を、途中でりよに話しながら、護・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・十八九ばかりの書生風の男で、浴帷子に小倉袴を穿いて、麦藁帽子を被って来たのを、女中達が覗いて見て、高麗蔵のした「魔風恋風」の東吾に似た書生さんだと云って騒いだ。それから寄ってたかってお蝶を揶揄ったところが、おとなしいことはおとなしくても、意・・・ 森鴎外 「心中」
・・・常の日は、寝巻に湯帷子を着るまで、このままでいる。それを客が来て見て、「野木さんの流義か」と云うと、「野木閣下の事は知らない」と云うのである。 机の前に据わる。膳が出る。どんなにゆっくり食っても、十五分より長く掛かったことはない。 ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・「和主はそもいかにして忍藻の帷子を……」「帷子とは何でおじゃる」「何でおじゃるとは平太の刀禰、むすめ、忍藻の打扮じゃ。今もその口から仰せられた」 平太も今は包みかね、「ああ術ない。いたわしいけれど、さらば仔細を申そうぞ。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫