・・・ 祖国の安危のために、世界の平和のために、人道と文明のために、たちがたき恩愛をたって、自分の子を供えものにせねばならぬ。マリアはキリストを、乃木夫人は二人の息子を、この要求のために犠牲にしたのだ。初めに出発した生物的、本能的愛と比較する・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・などよりも、「戦争と平和」が好きだ。戦争を書いた最もいゝものは、「セバストポール」だ。「セバストポール」に書かれた戦争は、「戦争と平和」にかゝれた戦争よりも、真実味の程度に於て、純粋で、はるかにしのいでいる。トルストイのような古今無双の天才・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・が、もう老い朽ちてしまえば山へも行かれず、海へも出られないでいますが、その代り小庭の朝露、縁側の夕風ぐらいに満足して、無難に平和な日を過して行けるというもので、まあ年寄はそこいらで落着いて行かなければならないのが自然なのです。山へ登るのも極・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・後、幾百年かの星霜をへて、文明はますます進歩し、物質的には公衆衛生の知識がいよいよ発達し、一切の公共の設備が安固なのはもとより、各個人の衣食住もきわめて高等・完全の域に達すると同時に、精神的にもつねに平和・安楽であって、種々の憂悲・苦労のた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・と云って、当時の文学者としては相応な酬いを受けていた露伴氏の事を、羨んで話した事があったが、それほど貧しく暮さなければならない境涯で、そのためには異人の仕事をしたり、それから『平和』という宗教雑誌を編輯したりした事があるように記憶している。・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・信じ得る人の心は平和であろうが、批評する人の心はいつも遑々としている。ここに至って私は自分の強梁な知識そのものを呪いたくなる。五 自分は何らの徹底した人生観をも持っていない。あらゆる既存の人生観はわが知識の前にその信仰価を失・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 二 災害の来た一日はちょうど二百十日の前日で、東京では早朝からはげしい風雨を見ましたが、十時ごろになると空も青々とはれて、平和な初秋びよりになったとおもうと、午どきになって、とつぜんぐら/\/\とゆれ出したので・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・見よ、前方に平和の図がある。お慶親子三人、のどかに海に石の投げっこしては笑い興じている。声がここまで聞えて来る。「なかなか」お巡りは、うんと力こめて石をほうって、「頭のよさそうな方じゃないか。あのひとは、いまに偉くなるぞ」「そうです・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮のごとく過ぎ去った村の平和はいつもに異ならぬ。 「今度の戦争は大きいだろう」 「そうさ」 「一日では勝敗がつくまい」 「むろんだ」 今の・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ヨオロッパのために死ぬる。ヨオロッパの平和のために死ぬる。国家の行政のために死ぬる。文化のために死ぬる。 襟は遺言をもって検事に贈る。どうとも勝手にするがいい。 故郷を離れて死ぬるのはせつない。涙が翻れて、もうあとは書けない。さらば・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫