・・・その以前から長姉の片付いていたB家が三軒置いた隣りにあって、そこには自分より一つ年上の甥が居たから、自分の幼時の多くの記憶はこの姉の家と自宅との間の往復につながっている。それと、もう一つ、宅の門脇の長屋に住んでいた重兵衛さんの一家との交渉が・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ 小野は三吉より三つ年上で、郵便配達夫、煙草職工、中年から文選工になった男で、小学三年までで、図書館で独学し、大正七年の米暴動の年に、津田や三吉をひきいて「熊本文芸思想青年会」を独自に起した、地方には珍らしい人物であった。三吉は彼にクロ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・右の肱を、傾けたる顔と共に前に出して年嵩なる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金にて飾れる大きな書物を開げて、そのあけてある頁の上に右の手を置く。象牙を揉んで柔かにしたるごとく美しい手である。二人とも烏の翼を欺くほどの黒き上衣を着・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その頃私より少し年上であったと思うが、今も何処かに健かにしておられるか知ら。 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・それは六つも年上の若後家の前だからでございましたのね。六つ違いますわねえ。おまけに男のかたが十七で、高等学校をお出になったばかりで、後家はもう二十三になっているのですから、その六つが大した懸隔になったのも無理はございませんね。そんな風にして・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ すると山羊小屋の中からファゼーロよりも三つばかり年上の、ちゃんときゃはんをはいて、ぼろぼろになった青い皮の上着を着た顔いろのいいわか者が出てきて、わたくしにおじぎしました。「おや、ぼくは地図をよくわからないなあ、どっちが西だろう。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 夜、日本茶を入れてのむのに、車掌のところへ行ってさゆいりのコップを借りたら年上の、党員ではない方の車掌がもしあまったら日本茶を呉れと行った。 ――あなた日本茶、知っているの? 青いんですよ、日本の茶、砂糖なしで飲むの。 ――知・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 政子さんは、此の年上のお友達が、どう云う積りでそんな事を云い出したのか、訳が分りませんでした。けれども人と云うものは、どんな時にでも親切な、自分の辛いと思う事を辛いだろうと云って呉れる人を悦ぶものです。 政子さんは芳子さんの悪口を・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・まだ猪之助といって、前髪のあったとき、たびたび話をしかけたり、何かに手を借してやったりしていた年上の男が、「どうも阿部にはつけ入る隙がない」と言って我を折った。そこらを考えてみると、忠利が自分の癖を改めたく思いながら改めることの出来なかった・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼女はナポレオンより六歳の年上で先夫の子を二人までも持っていた。今、彼はルイザを見ると、その若々しい肉体はジョゼフィヌに比べて、割られた果実のように新鮮に感じられた。だが、そのとき彼自身の年齢は最早四十一歳の坂にいた。彼は自身の頑癬を持った・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫