・・・ 胃が悪い悪いと年中こぼしながら存外人並以上に永生きをした老人を数人知っている。これも御馳走を喰い過ぎたくても喰い過ぎられなかったおかげかもしれないと思われる。食慾不振のおかげで、御馳走がまずく喰われるという幸運を持合せたのであろう。何・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 避暑という、だれもする年中行事をかつてしたことのなかった自分には、この二週日の間に接した高原の夏の自然界は実に珍しいものばかりであった。その中でもこの地方のやや高山がかった植物界は、南国の海べに近く生い立った自分にはみんな目新しいもの・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・どうでも今日は行かんすかの一句と、歌麿が『青楼年中行事』の一画面とを対照するものは、容易にわたくしの解説に左袒するであろう。 わたくしはまた更に為永春水の小説『辰巳園』に、丹次郎が久しく別れていたその情婦仇吉を深川のかくれ家にたずね、旧・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・これも御尤には違ないが、いくら騎兵だって年が年中馬に乗りつづけに乗っている訳にも行かないじゃありませんか。少しは下りたいでさア。こう例を挙げれば際限がないから好加減に切り上げます。実は開化の定義を下す御約束をしてしゃべっていたところがいつの・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「なあに年が年中思っていりゃ、どうにかなるもんだ」「随分気が長いね。もっとも僕の知ったものにね。虎列拉になるなると思っていたら、とうとう虎列拉になったものがあるがね。君のもそう、うまく行くと好いけれども」「時にあの髯を抜いてた爺・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・年が年中六畳の間に立て籠って居る病人にはこれ位の広さでも実際壮大な感じがする。舟はいくつも上下して居るが、帆を張って遡って行く舟が殊に多い。その帆は木綿帆でも筵帆でも皆丈が非常に低い。海の舟の帆にくらべると丈が三分の一ばかりしかない。これは・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・旧年中はいろいろ、相変りませず。」「お目出とう御座います。」「今朝もお噂さを致して居りましたところです。こんなによくおなりになろうとは実に思い懸けがなかったのです。まだそれでもお足がすこしよろよろしているようですが。」「足ですか、足は大丈夫・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ K市の年中行事として行われる「共同視察」参観者の列席の前で、佐田は児童との初歩的な階級性を帯びた質問応答によって彼の発見しつつある新しい教育法を示威しようとしたことから、ついに反動教育と決裂する。あやまれといわれたことに対して、体じゅ・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・テーマは、革命的な労働者は次々ひっこぬかれてダラ幹ばかりのこされた東交の中にでも、いろいろなやりかたでその活動を年中警察に妨害され苦境にいる無産者托児所の中にでも人民が自分たちの生活と職場を守り、権力とたたかってゆこうとしている意欲は決して・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・「程なく今の世に万の道すたれ果て、名をえたる人ひとりも聞え侍らぬにて思ひ合はするに、応永の比、永享年中に、諸道の明匠出うせ侍るにや。今より後の世には、その比は延喜一条院の御代などの如くしのび侍るべく哉」。すなわち応永、永享は室町時代の絶頂で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫