・・・彼の年輩のものは却て彼の相手ではない。彼は村には二人とない不男である。彼は幼少の時激烈なる疱瘡に罹った。身体一杯の疱瘡が吹き出した時其鼻孔まで塞ってしまった。呼吸が逼迫して苦んだ。彼の母はそれを見兼ねて枳の実を拾って来て其塞った鼻の孔へ押し・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・明治維新のちょうど前の年に生れた人間でありますから、今日この聴衆諸君の中に御見えになる若い方とは違って、どっちかというと中途半端の教育を受けた海陸両棲動物のような怪しげなものでありますが、私らのような年輩の過去に比べると、今の若い人はよほど・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・われわれの年配の人は、いつも今の若い者はというような事をいっては、自分たちの若い時が一番偉かったように思っているけれども、私はそうは思わない。今でもそうは思わない。貴方がたの前に立ってこうして御話をするときは、なおそう思わない。貴方がたの方・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・この人はその頃まだ三十そこらの年輩の人であった。ベルリンでロッチェの晩年の講義を聞いたとかいうので、全くロッチェ学派であった。哲学概論といっても、ロッチェ哲学の梗概に過ぎなかった。その頃ドイツ人でも英語で講義した。中々元気のよい講義をする人・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・ 私の親が私にして呉れたのと、私の親ほどな年輩の世間の他人野郎とは、何と云うひどい違い方だろう。 私は頭を抱えながら、滅茶苦茶に沢山な考えを、掻き廻していた。そして、私の手か頭かに、セコンドメイトの手の触れるのを待っていた。 私・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 吉里は二十二三にもなろうか、今が稼ぎ盛りの年輩である。美人質ではないが男好きのする丸顔で、しかもどこかに剣が見える。睨まれると凄いような、にッこりされると戦いつきたいような、清しい可愛らしい重縁眼が少し催涙で、一の字眉を癪だというあん・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・我が輩とてももとより同憂なりといえども、少年輩がかくまでにも不遜軽躁に変じたるは、たんに学校教育の欠点のみによりて然るものか。もしも果して然るものとするときは、この欠点は何によりて生じたるものか、その原因を推究すること緊要なり。 教育の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・一時の豪気は以て懦夫の胆を驚かすに足り、一場の詭言は以て少年輩の心を籠絡するに足るといえども、具眼卓識の君子は終に欺くべからず惘うべからざるなり。 左れば当時積弱の幕府に勝算なきは我輩も勝氏とともにこれを知るといえども、士風維持の一方よ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・同じ船に年配の、もののわかった船員がいて、一つの本をつめた箱をもっていた。彼は少年のゴーリキイと一緒に、自分の読み古した本をよみはじめ、やがて、ゴーリキイが勝手にそこから本を出して読んではかえして置くことを許すようになった。そして、その男は・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・ 母のジェニファーが、イレーネの混乱にまけて結婚を断念し、お祖母さんの言葉で、又それなり動くところも、その人生での経験や年配にてらして単純すぎる。製作者がこういう中年の美しい独身の母の心理に興味をもつなら、それとして、もっと粘って追究す・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
出典:青空文庫