・・・でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙かにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今もなお熱心に――厚紙でサンドウィッチのように挾んだうえから一思い・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ことに不幸な娘に同情してそうするのが一番よくない。年齢の差が少なくとも五つ、六つ――十くらいはありたいが、二十二、三歳で相手を求めればどうしても齢が近すぎる。といって、十四、五の少女では相手になれまい。 八 最後の立場――運・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・自分などよりは文学の上でも年齢の上でもかなり先輩だと思っていた春月が三十九歳で、現在の私の年齢より若くて死んでいるのを碑文を見て不思議なような気持で眺め直した。生前の春月を直接知っていたのではない。その詩や、ハイネ、ゲーテの訳詩に感心したの・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・と年齢は同じほどでも女だけにませたことを云ったが、その言葉の端々にもこの女の怜悧で、そしてこの児を育てている母の、分別の賢い女であるということも現れた。 源三は首を垂れて聞いていたが、「あの時は夢中になってしまったのだもの、そし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・人びとの遺伝の素質や四囲の境遇の異なるのにしたがって、その年齢は一定しないが、とにかく一度、健康・知識が旺盛の絶頂に達する時代がある。換言すれば、いわゆる、「働きざかり」の時代がある。故に、道徳・知識のようなものにいたっては、ずいぶん高齢に・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・「とうさんぐらいの年齢になってごらん、家というものはそうむやみに動かせるものでもないに。」「どこかにいい家はないかなあ。」 と言い出すのは三郎だ。すると次郎は私と三郎の間に腰掛けて、「そう、そう、あの青山の墓地の裏手のところが、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・たいていの人は年齢と共に退歩する。としをとると自然に芸術が立派になって来る、なんてのは嘘ですね。人一倍の修業をしなけれあ、どんな天才だって落ちてしまいます。いちど落ちたら、それっきりです。 変らないという事、その事だけでも、並たいていの・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・それで、この場合における自分と、前記の亀さんや試写会の子供とちがうのはただ四十余年の年齢の相違だけである。従ってこの年取った子供のこの一夕の観覧の第一印象の記録は文楽通の読者にとってやはりそれだけの興味があるかもしれない。 入場したとき・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・もちろん年齢にも相当の距離があったとおりに、感情も兄というよりか父といった方が適切なほど、私はこの兄にとって我儘な一箇の驕慢児であることを許されていた。そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・樹木にも定った年齢があるらしく、明治の末から大正へかけて、市中の神社仏閣の境内にあった梅も、大抵枯れ尽したまま、若木を栽培する処はなかった。梅花を見て春の来たのを喜ぶ習慣は年と共に都会の人から失われていたのである。 わたくしが梅花を見て・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫