・・・綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございま・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・「その御親戚は御幾つですな?」 お蓮は男の年を答えた。「ははあ、まだ御若いな、御若い内はとかく間違いが起りたがる。手前のような老爺になっては、――」 玄象道人はじろりとお蓮を見ると、二三度下びた笑い声を出した。「御生れ年・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・妻のある為めに後ろに引きずって行かれねばならぬ重みの幾つかを、何故好んで腰につけたのか。何故二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬのか。家庭の建立に費す労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか。 私は自分の心の乱れ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・町内の杢若どのは、古筵の両端へ、笹の葉ぐるみ青竹を立てて、縄を渡したのに、幾つも蜘蛛の巣を引搦ませて、商売をはじめた。まじまじと控えた、が、そうした鼻の頭の赤いのだからこそ可けれ、嘴の黒い烏だと、そのままの流灌頂。で、お宗旨違の神社の境内、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・波の重るような、幾つも幾つも、颯と吹いて、むらむらと位置を乱して、八方へ高くなります。 私はもう、それまでに、幾度もその渦にくるくると巻かれて、大な水の輪に、孑孑虫が引くりかえるような形で、取っては投げられ、掴んでは倒され、捲き上げては・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・しかし、このほうは、珍しく、元気がよくて、幾つも同じような花を開きました。そのうえ、ほんとうになつかしい、いい香りがいたしました。 のぶ子は、青い花に、鼻をつけて、その香気をかいでいましたが、ふいに、飛び上がりました。「わたし、お姉・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・その後からつづいて、幾つかの乱れたひづめの音が、入り混じって聞こえてきました。みんなは、息を潜めて黙って、その音に耳を傾けたのです。すると、ひづめの音は、だんだんあちらに遠ざかっていきました。 しばらくすると、こんどは、あちらから、こち・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・私が二十代の時に書いた幾つかの駄小説は、すべて若さがないと言われていた。だから、世間で私のことを白髪のある老人だと思い込んでいる人があったにしても、敢て無理からぬことであった。が私の本当の年齢は今年三十三歳になった許りである。 もっとも・・・ 織田作之助 「髪」
・・・広間の周囲には材料室とか監督官室とかいう札をかけた幾つかの小間があった。梯子段をのぼった処に白服の巡査が一人テーブルに坐っていた。二人は中央の大テーブルに向い合って椅子に腰かけた。「どうかね、引越しが出来たかね?」「出来ない。家はよ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
出典:青空文庫