・・・ 汽車の中で揺られている俘虜の群の紹介から、その汽車が停車場へ着くまでの音楽と画像との二重奏がなかなくうまく出来ている。序幕としてこんなに渾然としたものは割合に少ないようである。 不幸な夫ルパートが「第三者」アリスンの部屋から二階の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・この夕刊売りの娘を後に最後の瞬間において靴磨きのために最有利な証人として出現させるために序幕からその糸口をこしらえておかなければならないので、そのために娘の父を舞台の彼方で喘息のために苦悶させ、それに同情して靴磨きがたった今、ダンサーから貰・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・これが音響に関するレーリーの研究の序幕となったのである。彼が音響の問題に触れるようになった動機は、ある先生から是非ともドイツ語を稽古しろと勧められ、その稽古のためにヘルムホルツの Tonemspfindungen を読んだのが始まりだそうで・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ 辰之助は序幕に間に合った。「河内山」がすんで、「盛綱陣屋」が開く時分に、先刻から場席を留守にしていたお絹が、やっと落ち著いた顔をして、やってきた。「お芳さんがあすこに立っていたから、行って見てきましたの。いい塩梅に平場の前の方・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 嘉久子の早苗は、序幕の舞台が廻ってからが際立ってよかった。 父鷺坂の居城が、此の武田勢に囲まれて既に危いと云う注進に、はっと顔色を変えて愕く様子。興奮して歩き廻りながら、早く、早く、救を遣れと命を下す辺。私の大嫌な作った姫様声は熱・・・ 宮本百合子 「印象」
この間田舎へかえる親戚のもののお伴をして珍しく歌舞伎座を観た。十一月のことで、序幕に敵国降伏、大詰に笠沙高千穂を据えた番組であった。 この芝居をみていて深く感じたことは演劇のとりしまりや自粛がどんなに芸術の生命を活かす・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
・・・それから中一年置いて、家康が多年目の上の瘤のように思った小山の城が落ちたが、それはもう勝頼の滅びる悲壮劇の序幕であった。 武田の滅びた天正十年ほど、徳川家の運命の秤が乱高下した年はあるまい。明智光秀が不意に起って信長を討ち取る。羽柴秀吉・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫