・・・行手の連峰は雨雲の底面でことごとくその頂を切り取られて、山々はただ一面に藍灰色の帷帳を垂れたように見えている。その幕の一部を左右に引きしぼったように梓川の谿谷が口を開いている。それが、まだ見ぬ遠い彼方の別世界へこれから分けのぼる途中の嶮しさ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・強い光束が低い雲の底面を撫でてぐるりと廻るのが見える。青森湾口に近づくともう前面に函館の灯が雲に映っているのが見られる。マストの上には銀河がぎらぎらと凄いように冴えて、立体的な光の帯が船をはすかいに流れている。しばらく船室に引込んでいて再び・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・その際器内の水の運動を水中に浮遊するアルミニウム粉によって観察して見ると、底面から熱せられた水は決して一様には直上しないで、まず底面に沿うて器底の中央に集中され、そこから幅の狭い板状の流線をなして直上する。その結果として、底面に直接触れてい・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・ 円筒形の上の断面を楕円形に表わして、底面の方は直線でかいてしまう事が流行するようである。こういう流行は永くはつづくまい。「天然」と絵具だけからは絵は生れないし、「自己」と絵具ばかりからも絵は生れない。自己と天然と真剣に取組み合・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・しかるに鉢の底面からは相当離れた所に固定しているコップは不動であるから、そこで相互間の週期的の摩擦運動が起こり、そのためにちょうど弓でクラドニ板をこする場合に似た事がらが生ずるのであるらしい。さてこれだけならば問題ははなはだ平凡であるが、こ・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
出典:青空文庫