・・・ 十六 相手は女だ、城は蝸牛、何程の事やある、どうとも勝手にしやがれと、小宮山は唐突かれて、度胆を掴まれたのでありますから、少々捨鉢の気味これあり、臆せず後に続くと、割合に広々とした一間へ通す。燈火はありませんが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・という、題名からして、お前の度胆を抜くような本が、出版された。 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいく・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・しかし、読者の度胆を抜くような、そして抜く手も見せぬような巧みに凝られた書出しよりも、何の変哲もない、一見スラスラと書かれたような「弥生さんのことを書く」という淡々とした書出しの方がむずかしいのだ。 私は武田さんの小説家としての円熟を感・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・の何のとオールマイティーの如く生意気な口をきいていると、田舎出の貧乏人は、とにかく一応は度胆をぬかれるであろう。彼がおならをするのと、田舎出の小者のおならをするのとは、全然意味がちがうらしいのである。「人による」と彼は、言っている。頭の悪く・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ 彼は少年の踏んでいるバスケットを顎でしゃくって見せた。「じゃ、お前のかい?」 少年は眼を瞑ったまま、聞きかえした。 彼は度胆を抜かれた。てれかくしに袂から敷島を出して火をつけた。 だが、彼はそこでへまを踏むわけには・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・私はすっかり度胆をぬかれました。「さあどうか、お掛け下さい。」 私はこしかけました。「ええと、失礼ですがお職業はやはり学事の方ですか。」校長がたずねました。「ええ、農学校の教師です。」「本日はおやすみでいらっしゃいますか・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
出典:青空文庫