・・・受付で一時間ばかり待たされているとき、ふと円山公園で接吻した女の顔を想いだした。庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙にいろいろ受け応えし、採用と決った。けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだっ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・いで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに、賞与までひとより少ないとはどうしたことであろうと、私は不思議でならなかったが、じつはあの人は出退のタイムレコードを押すことをいつも忘れているので、庶務の方ではあの人がいつも無届欠勤をして・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ことにその間に庶務とか会計とかいう「純粋な役人」の系列が介在している場合はなおさら科学的方策の上下疎通が困難になる道理である。 具体的に言うことができないのは遺憾であるが、自分の知っている多数の実例において、科学者の目から見れば実に話に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・自分の高等学校在学中に初めて奉公に来て、当時から病弱であった母を助けて一家の庶務を処理した。自分が父の没後郷里の家をたたんでこの地へ引っ越す際に彼女はその郷里の海浜の村へ帰って行った。彼女の家を立てるべき弟は日露戦争で戦死したために彼女はほ・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・その事務、千緒万端、いずれも皆、戦隊外の庶務にして、その大切なるは戦務の大切なるに異ならず、庶務と戦務と相互に助けて、はじめて海陸軍の全面を維持するは、あまねく人の知るところならん。 然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫