・・・まもなく彼は、話があるから廃坑へ行かないかと、彼女に切出した。「なアに?」 彼女は、あどけない顔をしていた。「話だよ。お前をかっさらって、又、夜ぬけをしようってんだ。」 ほかの者の手前彼は、冗談化した。「いやだよ。つまん・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・監督官が検査に来ると現に掘っている坑道はふさいで廃坑だということにして見せないで、検査に及第する坑だけ見せる。それで検閲はパスするが時々爆発が起こるというのである。真偽は知らないが可能な事ではある。 こういうふうに考えて来ると、あらゆる・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ゾラの小説にある、無政府主義者が鉱山のシャフトの排水樋を夜窃に鋸でゴシゴシ切っておく、水がドンドン坑内に溢れ入って、立坑といわず横坑といわず廃坑といわず知らぬ間に水が廻って、廻り切ったと思うと、俄然鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 少しでも女の様子に昔の有様の見えたと云うことは廃坑から又、新らしい石炭の層を見出したその時よりも嬉しい胸のおどる心地がして心からゆすり出るようなほほ笑みを私は口にうかべながら、「マア、珍らしい事だ、よくそんな今までにないハッキリし・・・ 宮本百合子 「砂丘」
出典:青空文庫