・・・こんなものを使わなくても、何か鋸屑でも固めたようなもので建築材料を作ってそれで建てたらいいだろうと思う。 美術展覧会に使われている建物もやはり間に合せである。この辺のものはみんな間に合せのものばかりのような気がして、どうも気持が悪い。・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・「それああなた、まだ家が建てこまんからそうですけれど……」「何にしろ広い土地が、まだいたるところにたくさんあるんだね。もちろん東京とちがって、大阪は町がぎっしりだからね。その割にしては郊外の発展はまだ遅々としているよ」「それああ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革命家の墓を建てずに済んだであろう。もしかような時に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「また俺らの上納米で建てたんだろべい」 四 そう呟いて善ニョムさんはまた向き直って、肥料を移した手笊を抱えて、調子よく、ヒョイヒョイと掴んで撒きながら、「金の大黒すえてやろ、ホイキタホイ」 麦の芽は、新し・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・此処に停車場を建てて汽車の発着する処となしたのは上野公園の風趣を傷ける最大の原因であった。上野の停車場及倉庫の如きは其の創設の当初に於て水利の便ある秋葉ヶ原のあたりを卜して経営せられべきものであった。然し新都百般の経営既に成った後之を非難す・・・ 永井荷風 「上野」
・・・往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を張って窓をつけたように見える。 これが彼が北の田舎か・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ガリレイをば根柢なしに建てたと評したデカルトの目的は、新自然学の形而上学的基礎附にあったともいわれる。しかしそれは両者の立場を混同して、科学の中に哲学を入れるという如きことではない。唯、科学隆盛以来、哲学は科学の下婢となったという感なきを得・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの対比と均斉とで、辛うじて支えているのであった。しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、真の現実的な事実であった。一つの不注意な失策も、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・日本が外国と貿易を始めると直ぐ建てられたらしい、古い煉瓦建の家が並んでいた。ホンコンやカルカッタ辺の支邦人街と同じ空気が此処にも溢れていた。一体に、それは住居だか倉庫だか分らないような建て方であった。二人は幾つかの角を曲った挙句、十字路から・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・例えば隣家は頻りに繁昌して財産も豊なるに、我家は貧乏の上に不仕合のみ打続く、羨ましきことなり憎らしきことなり、隣翁が何々の方角に土蔵を建てゝ鬼瓦を上げたるは我家を睨み倒さんとするの意なり、彼の土蔵が火事に焼けたらば面白からん、否な人の見ぬ間・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫