・・・日本全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて万、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の断礎の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・私が東京を去って、この七月でまる四年になるが、その間に、街路や建物が変化したであろうと想像される以上に人間が特に文学の上で変っていることが数すくない雑誌や、旬刊新聞を見ても眼につく。殊に、それが現実の物質的な根拠の上に立っての変化でなく、現・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・ あたりのさまを見るに我らが居れる一ト棟は、むかし観音院といいし頃より参詣のものを宿らしめんため建てたると覚しく、あたかも廻廊というものを二階建にしたる如く、折りまがりたる一トつづきのいと大なる建物にて、室の数はおおよそ四十もあるべし。・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・四方の建物が高いので、サン/\とふり注いでいる真昼の光が、それにはとゞいていない。それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・今ある自分の書斎――その建物だけを、先生はこの鉱泉側に移そうという話を大尉にした。 対岸に見える村落、野趣のある釣橋、河原つづきの一帯の平地、遠い近い山々――それらの眺望は先生方を悦ばせた。日あたりの好いことも先生方を悦ばせた。この谷間・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 一たい厩の建物では、夜もけっして灯をつけないように、きびしくさし止めてありました。それで、ウイリイはいつでも窓をかたくしめておくのでしたが、それでもしまいには、だれかが、そこに灯がついているのを見つけて、厩頭の役人に言いつけました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・駅は、たったいま爆撃せられたらしく、火薬の匂いみたいなものさえ感ぜられたくらいで、倒壊した駅の建物から黄色い砂ほこりが濛々と舞い立っていました。 ちょうど、東北地方がさかんに空襲を受けていた頃で、仙台は既に大半焼かれ、また私たちが上野駅・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 美術展覧会に使われている建物もやはり間に合せである。この辺のものはみんな間に合せのものばかりのような気がして、どうも気持が悪い。 そういう心持をいだいて展覧会場へ這入った。 日本画が、とてもゆるゆる見る事の出来ないほど沢山にあ・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・義者が鉱山のシャフトの排水樋を夜窃に鋸でゴシゴシ切っておく、水がドンドン坑内に溢れ入って、立坑といわず横坑といわず廃坑といわず知らぬ間に水が廻って、廻り切ったと思うと、俄然鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろしい勢を以て瞬く間に総崩れ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その紳士は林のお父さんで、紳士のたっているうしろの西洋建物の、英語の看板のかかった商店が、林の生れたハワイの家だということであった。「ぼくが生れないずッとまえ、お父さんもお母さんも、労働者だったんだよ」 林はそう言って、また写真帳の・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫