・・・北定の本色は白で、白の※水の加わった工合に、何ともいえぬ面白い味が出て、さほどに大したものでなくてさえ人を引付ける。 ところが、ここに一つの定窯の宝鼎があった。それは鼎のことであるからけだし当時宮庭へでも納めたものであったろう、精中の精・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ この驚愕は自分をして当面の釣場の事よりは自分を自分の心裏に起った事に引付けたから、自分は少年との応酬を忘れて、少年への観察を敢てするに至った。 参った。そりゃそうだった。何もお前遊びとは定まっていなかったが……と、ただ無意識で・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・絵でも人間でも一と目で先ず引き付けられないようなものにはやはり何か足りないものがあるかと思う。美術批評家でも何でもない自分等は、そういう第一印象を無視して無理に職務的に理論的に一つ一つの絵の鑑賞点を虫眼鏡で掘り出す気にはどうにもなれないので・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・かく観ぜんと思い詰めたる今頃を、わが乗れる足台は覆えされて、踵を支うるに一塵だになし。引き付けられたる鉄と磁石の、自然に引き付けられたれば咎も恐れず、世を憚りの関一重あなたへ越せば、生涯の落ち付はあるべしと念じたるに、引き寄せたる磁石は火打・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・したがってこういう場合には、世間が芸術家を自分に引付けるよりも自分が芸術家に食付いて行くよりほかに仕様がないのであります。食付いて行かなければそれまでという話である。芸術家とか学者とかいうものは、この点においてわがままのものであるが、そのわ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・あそこにまた昔話の磁石の山が、舟の釘を吸い寄せるように、探険家の心を始終引き付けている地極の秘密が眠っている。我々は北極の閾の上に立って、地極というものの衝く息を顔に受けている。 この土地では夜も戸を締めない。乞食もいなければ、盗賊もい・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫