・・・僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労のようにどうすることも出来ないものだった。……… K君の来たのは二時前だった。僕はK君を置き炬燵に請じ、差し当りの用談をすませることにした。縞の背広を着たK君はもとは奉天の・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・それ、貴下から預かっているも同然な品なんだから、出入れには、自然、指垢、手擦、つい汚れがちにもなりやしょうで、見せぬと言えば喧嘩になる……弱るの何んの。そこで先ず、貸したように、預けたように、余所の蔵に秘ってありますわ。ところが、それ。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・これには弱る。そこで工夫をして、他所から頂戴して貯えている豹の皮を釣って置く。と枇杷の宿にいすくまって、裏屋根へ来るのさえ、おっかなびっくり、(坊主びっくり貂だから面白い。 が、一夏縁日で、月見草を買って来て、萩の傍へ植えた事がある。夕・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・鯉も鮒も、一処へ固まって、泡を立てて弱るので、台所の大桶へ汲み込んだ井戸の水を、はるばるとこの洗面所へ送って、橋がかりの下を潜らして、池へ流し込むのだそうであった。 木曾道中の新版を二三種ばかり、枕もとに散らした炬燵へ、ずぶずぶと潜って・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・そういう皮肉な読者には弱る、が、言わねば卑怯らしい、裸体になります、しからずんば、辻町が裸体にされよう。 ――その墓へはまず詣でた―― 引返して来たのであった。 辻町の何よりも早くここでしよう心は、立処に縄を切って棄てる事であっ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・というが、実にシンネコでもって大きな船がニョッと横合から顔をつん出して来るやつには弱る、危険千万だ。併し如何に素人でも夜中に船を浮べているようなものは、多少自分から頼むところがあるものが多いので、大した過失もなくて済み勝である。 人によ・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・僕にそんなこと言ったって、わかりやしない。弱るね。」「そうか。失敬した。」思わず軽く頭をさげて、それから、しまった! と気附いた。かりそめにも目前の論敵に頭をさげるとは、容易ならぬ失態である。喧嘩に礼儀は、禁物である。どうも私には、大人・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・さちよ君はね、いつでも、こんなこと、平気でやらかすものだから、弱るです。社へ情報がはいって、すぐ病院へ飛んでいったら、この先生、ただ、わあわあ泣いているんでしょう? わけがわからない。そのうちに警視庁から、記事の差止だ。ご存じですか? 須々・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ベコニアや蘭の勢いのいいのに比べて、ポインセチアは次第に弱るように見えた。まっすぐに長い茎のまわりに規則正しい間隔をおいて輪生した緑の葉がだんだんに黄緑色に変わって来るのであった。水をやりすぎるためではないかと思われたから看護婦にも妻にもそ・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・精細なる会計報告が済むと、今度は翌日の御菜について綿密な指揮を仰ぐのだから弱る」「見計らって調理えろと云えば好いじゃないか」「ところが当人見計らうだけに、御菜に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」「それじゃ君が云い付ける・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫