・・・書物のなかったあるいは少なかった時代の人間のほうがはるかに利口であったような気もするが、これは疑問として保留するとして、書物の珍しかった時代の人間が書物によって得られた幸福の分量なり強度なりが現代のわれわれのそれよりも多大であったことは確か・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・これは一つには自分がだんだん年を取ってすべてのものに対する感興の強度を減らしたためもあるかもしれないが、一つにはまた実際に近頃の二科会の絵の傾向が自分の好みに背馳して来たように思われたためもある。昨年の会など、見ているうちに何だか少しむっと・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・ 詩形が短い、言葉数の少ない結果としてその中に含まれた言葉の感覚の強度が強められる。同時にその言葉の内容が特殊な分化と限定を受ける。その分化され限定された内容が詩形に付随して伝統化し固定する傾向をもつのは自然の勢いである。さらばこそ万葉・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・たとえば、暗室の一点に被実験者をすわらせておいて、室のいろいろな場所のいろいろの高さにいろいろな長さや幅で、いろいろの強度と色彩をもった光帯を出現させ、そうしてそれに対する被実験者の感覚を忠実に記録してみたら存外おもしろいかもしれないと思わ・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・ 人間の肉眼が細かいものを判別しうる範囲はおおよそどれくらいかというとまず一ミリの数十分の一以上のものである、最強度な顕微鏡の力を借りてもその数千分の一以下に下げる事はできぬ。そしてその物から来る光の波長が一ミリの二千分の一ないし三千分・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・如何なる強度の望遠鏡でも窺う事の出来ぬような遠い天体の上に起る些細な出来事も直ちに地球上の物体に有限な影響を及ぼすとなれば、人間の見た自然の運動にはおそらくなんらの方則を見出すことも出来ないだろう。否方則といえばただ偶然の方則が支配するばか・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・前述のピストルの場合でも音の強度より音色のほうが大切である。近いピストルの音と遠いピストルの音との差は、単なる強度の差でなくて著しい音色の差である。それは雑音の中に含まれるいろいろな波長の音波が、それぞれ回折や分散の模様のちがうために起こる・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・互に、夫は妻を強度のヒステリーと呼び、妻はその夫を性格破産者類似のものとして公表するような今日の増田氏の夫婦関係は、果して二十八年前、健全な結合におかれてあったのであろうか。今日富美子という人の行動に対して加えられるべき社会的批判があるとす・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・感激の強度と、批評的価値の高下とは綿密に考えられなければならないものではございますまいか。 けれども、私共は先ず、此の催眠させられる程烈しく湧き上る憧憬は、如何なる背景をその後に持って居るか考えなければなりません。其程の恍惚の歓びは、何・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・成長して子等も一箇の人間として立ったと云う感銘は、著しく我国に於けるそれとは強度を異にしているように感ぜられます。 或る年になれば、親子は、完全に同等になります。自分を胎のうちから愛し育てて呉れた者と云うつきない愛、信頼によって、他に比・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫