・・・四辺の家々より起こる叫び声、泣き声、遠かたに響く騒然たる物音、げにまれなる強震なり。 待てど二郎十蔵ともに出で来たらず、口々に宮本宮本、十蔵早く出でよと叫べども答えすらなし、人々は顔と顔と見合して愕き怪しみ、わが手を握りし岡村の手は振る・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうであろうか、市内の家屋構造は一変してしまい、地震研究所の官制は廃止になるであろう。 映画の世界では実際に、ある度までは、この時間の尺度が自由に変更されうるのは周・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ただ漠然と、上記三つの大地震の年代差から考えて、今後数十年ないし百年の間に起こりはしないかと考えられる強震が実際起こるとすれば、その前後に何事かありはしないかという暗示を次の代の人々に残すだけの事である。しかしもし現代の読者のうちでこれと類・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ 地震国防 伊豆地方が強震に襲われた。四日目に日帰りで三島町まで見学に出かけた。三島駅でおりて見たが瓦が少し落ちた家があるくらいでたいした損害はないように見えた。平和な小春日がのどかに野を照らしていた。三島町へはいっ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 三島辺まで来ても一向どこにも強震などあったらしい様子は見えない。静岡が丸潰れになるほどなら三島あたりでもこれほど無事なはずがなさそうに思われた。 三島から青年団員が大勢乗込んだ。ショベルや鍬を提げた人も交じっている。静岡の復旧工事・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・破壊がただ一回に終らず、数回の段階的変化によるとすれば、これらの推移中に歪みの変化は複雑に起り、場合によりては毎回地震の強度は微弱なる事もあるべく、また時にはその中に強震を生ずる事もあるべし。かくのごとき差別が偶然的局部的の異同に支配さるる・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・そうして、この珍しい強震の振動の経過を出来るだけ精しく観察しようと思って骨を折っていた。 主要動が始まってびっくりしてから数秒後に一時振動が衰え、この分では大した事もないと思う頃にもう一度急激な、最初にも増した烈しい波が来て、二度目にび・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 昼過――監獄の飯は早いのだ――強震あり。全被告、声を合せ、涙を垂れて、開扉を頼んだが、看守はいつも頻繁に巡るのに、今は更に姿を見せない。私は扉に打つかった。私はまた体を一つのハンマーの如くにして、隣房との境の板壁に打つかった。私は・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・皆も、近年にない強震だと愕いた。けれども、真逆東京にあれ程のことが起っていようとは夢想するどころではなかった。何にしろ福井辺では七月の下旬に雨が降ったきり、九月一日まで、一箇月以上一度の驟雨さえ見ないと云う乾きようであった。人々は農作物の為・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫